前回は寝倒れて、更新時間を修正するという姑息な技に出てしまいました(気にするのは自分だけですが)
とりあえず、寝起きにもう一本。
本郷さんが起きるとわかる。
ものすごく慎重に、俺を起こさないようにと細心の注意を払っているからだ。
布団から出るのもそっとだし、起き上がって、トイレに向かう足音も静かだ。
普段の本郷さんは、うるさすぎるくらい独り言が多い方だから、そんなにも優しいのなら、俺も一緒に起き上がって、思い切り抱きつきたい気持ちにさせられる。
「……ありゃ? どこに置いたっけ……」
初めて声が聞こえた。
すっかり目の覚めた、いつもの本郷さんだ。
そっと枕元の時計を見る。
まだ五時前。起きるにはずいぶんと早い。
「ちょっと待てよ……昨日寝る前に……こっちの方か?」
足音が戻ってくる。
多分俺は、完全に眠っているように見えるだろう。
息を潜めて、本郷さんの気配を追う。
「あった!」
ゴソゴソと、足元で音がした。
何を置いてあったっけ、と、俺が考える。
昨夜は本郷さんの眠りが深すぎて、手を伸ばす事すらなく、眠ってしまった。
用意も何も、だ。
「……っと。力石を起こしちゃいかんな……」
俺の方を見ている気がした。
これが逆だと、きっと本郷さんは震えて耐えられないだろうけど、俺は平気だ。
本郷さんに見つめられても、いつまでも寝たふりをしていられる。
「寝る子は育つって言うからな……」
「……ちょっと待った」
「ぬおっ!」
ちっとも平気じゃなかった。
思わず起き上がって、本郷さんを見上げる。
完全に隙をつかれたらしい本郷さんが、両腕と片足をあげた姿で固まっていた。
「り、りき、いし……おはよ……」
「おはよう、本郷さん。朝っぱらからいい調子だな」
「いい調子って……そんな事はないよ、な?」
「寝る子って言わなかった?」
「言ったっけか? ははは、寝る子で猫、とか。力石は魔狼だから、魔猫か、なんてな」
謎の言い回しだ。
狼と猫と、どういう関係があるんだろう。
身体の力がすっと抜けて、足が地についた。
本郷さんは動きを見ているだけでも楽しい。
「こんな朝っぱらから、おでかけ?」
「あっ……」
再び、本郷さんの両手が固まった。
よく見れば、すでにいつもの格好で、コートまできちんと着込んでいる。
あと、帽子を被れば完璧だ。
「あ、今朝って早かったっけ?」
「違う……ちょっと出て、帰ってくるつもりで……」
「ちょっとって……こんな時間から?」
腰から力が抜けたように、本郷さんがしゃがみこむ。
立っている時よりも、視線が近づいて嬉しい。
俺も布団から起き出して、ぐっと本郷さんに近づいた。
「何探してたんだ? 今」
「あっ……見てたのか」
「見てないけど、本郷さんの気配でわかるよ」
観念したように、ぎゅっと目をつぶって、そっと開いた。
それでもまっすぐに、俺の目は見てくれる。
悪い事は考えてないようだ。
「ウォーキング……」
「え?」
「最近、力石といると、ご飯が美味しすぎてな。今までも美味かったんだけど、つい食べすぎてしまって、運動しなくちゃと……」
本郷さんが美味しそうに食べるのは、見ている俺も嬉しい。
確かに、俺もつられて、一人の時よりは多めに食べていたかもしれない。
「それなら俺も……」
「お前はな、若いから消化してるじゃないか。俺なんて、全部贅肉になってる……」
「どれ?」
「ちょっ!」
手を伸ばして、本郷さんの腹に触れた。
これはわざとだ。
コートの上から触らなくても、俺は真の中身の、本郷さんを知っているのだ。
「太ってないと思うけど」
「油断は禁物だ。せっかく目が覚めたんだから、万歩計持って、ちょっと歩いてこようと思っただけなんだよ……」
探していたのは万歩計だったのだ。
本気で、真面目に歩くつもりが伝わる。
「……いってらっしゃい」
「え、いいの?」
「いいのって、何?」
「行くなとか、格好悪い、とか……」
本郷さんに対して、そういう束縛じみた事をしたいと思った事はない。
俺がいても今まで通り、自分の時間は大事にしてもらいたい。
独り言が多くて、一人暮らしの長い本郷さんだって、俺は大好きでたまらないのだから。
「俺を起こさないように、気遣ってくれてありがとう。邪魔はしないさ」
「おお……」
「寝る」
布団にもぐりこんだ。
わかってしまえば、普通に俺も寝直せる。
子供扱いは、あとで問い詰めるとしても、本郷さんの優しさはすごく伝わってきた。
じっくりと歩いてきてもらいたい。
「力石よ……」
本郷さんの手が、俺の頭を撫でた。
時々感じる、夢の中の手だ。
「おやすみ」
「ああ、おやすみ」
布団の中の、本郷さんの匂いを追いかけて、俺は寝直す事にした。