タイトルが……つけられなかった。
甘さ増し増し。いつも通り。
※ちょっとどころか、たくさん追加入れました。より甘い……
「本郷さん、マンゴー食べる?」
「なぬ? 帰っていきなりか」
甘くて美味いマンゴーは、果物の王様だ。
高級店の、普段なら絶対に買わないような美しい南国の奇跡を、実家に寄った時に貰った。
俺が実家に帰ると、家族は学生時代の俺を思い出すのか、やたらとたくさんの食べ物を用意してくれる。
ちゃんと食べなさいね、だの、もっと食べてもバチはあたらないよ、だの。
いまだに大事にしてもらっているのは嬉しくて、くすぐったい。
その気持ち、全部本郷さんにそそぎたくなるくらいに。
食べ頃のマンゴーは、丁寧に包んで本郷さんちに持って帰って来た。
まだ片付けてないこたつの上に、ひとまず袋ごと置いた。
「ぬ……お主、チャレンジャーだな」
「嫌いだった?」
「俺、食べた事ないぜ」
「ほんと?」
珍しい。
食に関しては、結構幅広く食べ楽しんでいる本郷さんが、マンゴーを食べた事がなかったなんて。
言われてみれば、果物を率先して食べている姿は見た事がない。
本郷さんの初めてだなんて、なんだか笑いが込み上げてくる。
「……何笑ってんだ?」
「いや、すまん。早速切るよ」
「え? 今ここで?」
驚いた声に時計を見た。
四時。
おやつの時間はとっくに過ぎたし、晩ごはんのデザートにはかなり早すぎる。
「ん……微妙な時間かな。本郷さんが食べる顔が見たかったんだけどな」
「……どんな罰ゲームだ」
「罰ゲーム?」
意外な反応だ。
「なんだかさ、もっと生臭いのかと思ってたぜ。あまり臭って来ないな。むしろ美味そうだし……」
青臭い木の臭いはあるかもしれない。
けれどマンゴーはすっかり熟している。
甘くて美味い匂いだ。
「正直……あの死んだ目が怖い」
「マンゴーの目?」
本郷さんが俺の顔を見つめた。
「……マンゴー……あっ!」
「何?」
「マンボウと間違えた」
一瞬、息が止まった。
マンゴーとマンボウ。
俺も言葉に出さずに繰り返す。
「似てるけど……あれ、あの魚って、こんな小さくなかっただろ?」
「……切り身かと……」
マンゴーが果物の王様なら、マンボウは海の王様と言ってもいい。
テレビでしか見たことがないけれど、あの不思議で大きな生き物は、広い海を悠々と泳いでいるのだ。
自由さは、本郷さんに似ているかもしれない。
「すまん! お主、おかしな事を言ってると思ったんだよ。持って帰るような物か? ってのが最初の疑問なんだけど……お主は力石だからな」
「俺だから?」
「なんでも出来る!」
あまりにも真面目な顔で言うから、俺の笑いのツボにハマってしまった。
最初は口を押さえて、声も堪えていたけれど、困ったような眉の本郷さんを見ていたら、もう止まらなくなった。
本郷さんは俺を最高に笑わせてくれる。
「な、何だよ……ちょっと間違えただけじゃないか。そりゃ、マンゴーとマンボウなんて、元から全然違うけど、聞き間違える事はあるぜ!」
「なんでもは出来ないけど……」
本郷さんがそう言うのなら、本当になんでも出来そうな気がする。
「なあ、本郷さん」
「何? 大笑いの力石選手」
「なんでも出来るんならさ、このままずっと一緒に住むのもアリだよな」
「へひょっ?」
本郷さんが変な返事をするから、また俺のツボにハマってしまった。
どうにも、笑いというのは、自分の意思では止まらないらしい。
「いい加減、落ち着け力石。笑い死にするぞ」
「死ぬって……ハハハ! このままだと、棺桶の中でも笑ってそうだ」
「怖い事言うな!」
ゆっくりと本郷さんの手が伸びて来た。
俺の頭を軽く叩いて、頰を撫でる。
本郷さんからの接触は、嬉しい。
そう思った瞬間、笑いが止まった。
「……お前な、スイッチのあるおもちゃみたいな止まり方したぞ」
「そいつはいいね。俺のスイッチのありかは、本郷さんだけが知ってる、みたいな?」
「バカ」
腹に入った二度目のパンチは、少し強かった。
これだけ笑えたのも、しばらくぶりだ。
「なあ、本郷さんよ。さっきの答えだけど」
「答えって……」
「まだ、なし?」
すでにもう一緒にいるみたいな生活だ。
ほとんど俺が、本郷さんちに入り浸っている。
日中はあちこちで出会うけれど、基本、交わらない生活は変わらない。
変わらなくてもいいから、この先、本郷さんとずっと一緒にいたい。
「……マンボウに決められるのは、不本意すぎるぜ。マンゴーにもな」
「間をとって、満場一致ってのはどう? マンボウイッチもマンゴーイッチも、響き似てるだろ」
「俺の冗談みたいなの言うなよ!」
本郷さんは、怒ってもないし、困ってもない。
とても嬉しそうな顔をしている。
その顔が答えだ。
これだけで十分だ。
「あのさ、本郷さん。俺もマンボウはまだ食べた事ない」
「マジか!」
本郷さんの目が輝いた。
「ということで、まずはマンボウ。見に行こうぜ」
「ぬぬ? 食べるんじゃなくて? 見るって、お預けか?」
「水族館がいいな。マンボウの人となりをよく知ろうぜ」
「人じゃないだろ。それに力石……水族館なんざ、そんなの……デ、デートみたいじゃん」
「デートだよ。そのつもりでさ。この週末にでもぜひ」
マンゴーも、どこかの植物園にはあるだろう。
すぐにでも検索だ。
本郷さんは、デートをぶつぶつと繰り返しながら、顔を真っ赤にしている。
今まで、普通にあちこち一緒に出かけていたのに、あれはデートと言えなかったんだろうか。
「たしかに。本郷さんと水族館とか、本格的なデートだな」
口にしたら、しみじみと嬉しさが込み上げてきた。
本郷さんと出掛けるなんて、たまらなく幸せだ。
行きたいところが増えるのは、単純に嬉しい。
「あ、力石よ。まずはそのマンゴー食べよう。果物の王様だ」
「そうだね」
本郷さんが大きく息を吸い込んで、ゆっくり吐き出した。
「マンゴーとホンゴー。マンボウとホンゴウ。よく考えたら似てるよな? ウッシッシ、こいつはもう、俺の側に持って来てやるぜ!」
それもオヤジギャグ、と言いそうになったけど、さっきの俺の笑いが、ようやく本郷さんに移ったみたいだ。
俺よりは大人しいけど、本郷さんの笑いも止まらない。
一緒にいて、これだけ笑いあえる人は、今までいなかった。
「マンゴーさん、大好きだよ」
「……ぬ? おい! 間違えるな!」
「じゃあ、マンボウさん、大好き」
「違う!」
「本郷さん」
「もう呼ぶな!」
と、叫んだ本郷さんが、ものすごくいいタイミングで屁をこいた。
捻り出すような重厚で低い音が長く続いて、猛烈に臭い。
「こ、こんな時に……男らしい屁が出た……」
「確かに。男らしかった……いつも可愛い音なのに、なんで今日は違うんだ?」
「いつもの事は忘れてくれ! 俺、屁ばっかりこいてるみたいじゃないか!」
「その通りだろ?」
顔を見合わせて、同時に吹き出してしまった。
「笑うな力石!」
「本郷さんは期待を裏切らない」
「何の期待だ! 屁か? いいからマンゴー食わせろ!」
俺の大好きな本郷さんは、本当にユカイで楽しい。
屁なんてなんでもない。
マンゴーも全部あげたい。
「食べるけど……もうちょっと、このままで……」
もがいて臭いを広げる本郷さんを、強く抱きしめてしまった。