「全く、お主の時計は壊れてるのか」

今日は朝からカレーの気分で、昼は本郷さんと待ち合わせた。
家でゆっくり食べるカレーも最高だけど、外で本郷さんを待たせながらのカレーはまた格別だ。

そう。今日も俺は遅刻した。

「お主は、どこまでも遅刻するように出来てるな！」

本郷さんの嫌味も気にならない。
カレーには色々なスパイスがあっていいと思う。

「本郷さんが遅刻しないってあたりで、バランス取れてない？」
「おまえなあ、それをバランスって言うか？」
「ハハハ、すまん」
「……まあ、待ってる間に色々真面目に考えてたさ」

一瞬、ドキリとした。
普通なら、それは別れを示唆している。

本郷さんを待たせるのは、一度や二度じゃない。
ずっと一緒にいるようになってからも、俺は何度か遅れた。

理由はきちんと説明出来るけど、寝過ごしが一番多いのは、本郷さんちの布団とこたつが誘惑の罠すぎるからとしか言えない。
今まで浅かった眠りを、本郷さんの側で取り戻している。

本郷さんに甘えすぎただろうか。

「……それって」

もしも、本郷さんがもう俺なんかどうでもいいと思ったら、この関係はどうなるんだろう。

「力石よ。ちょっとだけ、重要な話をする」
「本郷さん……」

心の準備が出来てない。
これは、昼にカレーを食べながらする話なんだろうか。

心臓が痛いなんて初めてだ。

「カレーのカの字って、力石馨のカ、だな」
「え？」
「あれっ？　お主、馨じゃなかったか？」
「……馨、だけど」
「なんだよ！　変な間をあけるなよ。俺、間違ったのかと思ったぜ」

大げさにため息をついて、本郷さんが俺を見る。
笑っている。

「……本郷さんよ」
「カレーのレはな、どこにもないけどさ、力石のリの字の仲間に持ってきて……」
「本郷さん」
「へ？」

思わず真剣な声になってしまった。
目を丸くした本郷さんは、今日一番俺をよく見た。

「本郷さんが……愛想つかしたのなら、謝る。ごめんなさい」
「ええっ？　何の事だ？　お主、カレーは嫌いだったのか？」
「俺、また遅れてきたし……」
「あ、そうだった？」

あまりにもあっさりと流された。
力が抜けてしまう。

「怒ってたんじゃないの？　色々考えてたって……」
「カレーの字を、お主の名前に当てはめてたんだよ。今、その成果は発表しただろ」

嘘でもごまかしでもない。
本郷さんはちっとも怒ってなかった。

「……ずっと、俺の名前を考えてたんだ……」
「そうだよ。俺、姓名判断出来るんだぜ」
「ほんと？　聞きたい」
「力石馨の字画は、遅刻の大運命にある！」
「大運命！」

なるほど。これが言いたかったのか。
満面の笑みで笑う本郷さんに、大人の余裕を見た。

本当に格好いい人だ。

「なあ本郷さん、その運命を変えるのは、目の前にいる男と一緒にいる事だな？」
「へっ？　あ……そこまで断定は……」
「いいよ。俺、もうずっと本郷さんと一緒にいるよ」

そっと手を伸ばして、本郷さんの腕に触れた。
この世の終わりが来たかと思ったけれど、世界はそう簡単には終わらない。

「こっ、こら、力石。カレーがくるぞ」
「ああ。ここの美味いんだよな。楽しみだぜ」

多分、また遅刻はするかもしれない。
でもその時は、今日のカレーを思い出そうと思う。

きっと側には、本郷さんがいるはずだ。