どうにも睡魔に勝てないので(年か…)うまく甘々にならないのが悩ましい…
まだまだリハビリは必要なようです。
「本郷さん、積もった!」
ベランダから飛ぶようにして戻ってきた力石が、暖かい布団の中に深く潜っていた俺を叩き起こした。
「マージャンか……」
「何言ってるんだよ。雪だよ。起きろって」
昨夜見た天気予報が当たった。
今朝は大雪の恐れ。
喜ばしい事に、俺の仕事は休みに出来た。
俺が休みだと知ると、力石もいきなり休みをぶつけてきやがった。
今日は二人して、のんびりゆっくりな朝なのだ。
「もうちょっと寝てる……」
「気持ちいい雪なんだ。本郷さんってば」
普段は逆だ。
俺が力石を起こす。
こいつくらい、寝起きの悪いモテ男もいないだろう。
力石と付き合ってきた歴代の美女たちは、さぞかし苦労したに違いない。
とにかく、力石は起きない。
なのに返事はする。
それに騙されてしまうのだ。
くすぐってもダメ。
叩いてもダメ。
髪の毛を引っ張ってもダメで、最終的に鼻をつまんで息を止める。
それでやっと起きる動きを見せてくる。
力石は、俺を目覚ましだと思っているに違いない。
だからと言って、別に文句がある訳ではなく、普段は見られない力石の無防備な姿を拝める貴重な時間を、俺は密かに大事にしているのだ。
甘いといえば、甘い。
たまには俺も、力石の陣立をひっくり返す作戦を立ててもいいと思う。
それを今朝思いついた。
絶対に起きないの陣。
いや、深く眠りにつく心優しき猛虎の俺を、起こせる物なら起こして見ろ、雪に舞い上がる若造力石めの計だ。
「本郷さん、一緒に雪見ようよ。今年初めてなんだからさ」
不意に力石の優しい声が、間近で聞こえた。
重い。
布団がさりげなく重くなった気がするのは、力石がのしかかっているからなのか。
「お主は……犬か」
「庭は駆け回ってない。ベランダに出ただけ」
東京の冬は、雪が積もる。
交通が麻痺する年もあり、仕事に出る者にはかなりスリリングな天候だ。
雪が楽しいなんて、子供の頃以来、覚えがない。
「……ああ、子供は雪が好きなんだよな……」
「子供でもいいからさ。かまくら作ろう」
「そんな積もってるの?」
思わず布団から顔を出してしまった。
力石は俺に添い寝するように、くっついていた。
「ミニチュアサイズのなら」
「騙したな……」
ベランダ自体狭い。
そこにどれだけ積もったらかまくらが出来るというのだろう。
今のは勘違いした俺が悪い。
「食えそうな雪だし」
「バカ! 腹こわすぞ」
「見るだけ、な?」
強引さに負けた。
そっと起き上がって、力石の顔を睨む。
布団から出た瞬間、情けない声が出た。
「寒いじゃん!」
「これ着て」
パジャマはしっかり着ている、と思ったら、覚えのないボタンのかけ間違いがあった。
力石の野郎。
もう一度睨みつけようとしたら、力石が己のパーカーを俺に掛けてきた。
「一瞬でいいから」
「……おお」
灰色のパーカーには、力石の匂いが残っている。
コロンなんか振ってない。
加齢臭でもない。
力石は力石だ。
「どう?」
「あ」
ベランダの、白く積もった雪の上に
「ほんごうさん ◯」
とあった。
忘れていた。
力石は字が汚い。
時々、暗号みたいなメモを残す。
よくよく見たら、料理のレシピだったりした。
これだけ汚い字だと、逆に安心感が持てる。
それが作戦か。
「……この丸……俺、何かいい事でもしたから、丸くれるのか?」
最後に小さく、歪んだ円が描かれてある。
「なんか変な円……。すごく歪んでるよな?」
「……ハート」
「へ?」
ものすごく気まずそうに、力石が俺の顔を見る。
ちらりとした目は、いたずらを叱られる子供みたいだ。
「ハート……わかった、お主、俺の息の根を止めるつもりだな? だからか。寒い中、叩き起こしやがって」
「ハートは大好きの意味だろ? 本郷さん、大好きだよ」
「ちょっと……待……!」
強引すぎる。
そのまま布団の中に引きずり込まれたのも、強引すぎて涙が出そうだ。
こいつは本当にモテ男なのか?
「力石……朝からは無理」
「そういうつもりはなかったけど……本郷さんが可愛いから……」
甘い。
やっぱり力石は甘い。
こんなに甘いのに、字も絵も下手だとは。
「コーヒーでもいれて起きるか……力石、雪見コーヒーしようぜ」
「酒じゃなくていい?」
「さすがの俺も、寝起きに呑むのは気がひける」
ハートに免じて、今日の休みは、とことんまで力石に付き合ってやろうと決めた。
俺だって、雪を見るのは大好きなのだ。