しつこくてすいません!
今夜は自分が好きな、折れそうに細い月の夜です。
甘いの込めるよ〜!
月の夜ばかりと思うなよ。
という台詞をよく聞く。
今俺は、隣に座る男に対して思っているかもしれない。
「本郷さん、見ろよ。月が細い」
嬉しそうな声で、力石が空を見上げる。
俺も一緒に、月を追った。
「おお……ありゃ、折れてもおかしくないな……」
今夜の屋台は、力石のおすすめだ。
絶対に俺が気にいるからと、昨日強引に約束させられた。
誘いになど乗るものかと思っていたのに、気がついたら約束の時間で、力石が俺を待っていた。
天気もいい。暑くも寒くもない。
冷酒も熱燗もあう。
飲まない理由がない。
「俺の真似したろ?」
「な、ぬっ、今?」
息が止まるような事を言われた。
いや、多分今、俺の息は止まった。
死人のような動きで力石を睨む。
「だって、一緒に月見上げた」
「それはお前が今……」
「だから、一緒に見たよな?」
なんという事だろう。
気を抜いたにもほどがある。
いつの間に俺は、力石の後追いをするようになってしまったのか。
「ぬぬぬ……」
「俺は嬉しいけどね」
言葉よりも嬉しそうに、そっとつまんだお猪口の酒が、力石の口唇に触れる。
喉の動きに目をそらしてしまった。
力石が美味そうなのは、とにかくずるい。
「……そりゃそうだろ。この俺が真似したんだから」
「それもあるけど……本郷さんと一緒に月を見上げる楽しみってヤツ?」
それもある。
力石は今そう言った。
やはりヤツは、俺に勝ったつもりでいたのだ。
「今夜みたいな細い月って、絶対に本郷さんは手を伸ばして、指先に引っ掛けるだろうな」
「……それは、まあ、アリだな……」
「痛いって言う姿まで見えそうだ」
「勝手に……」
力石に言われなくても、子供の頃から思っている。
どうして月は、手を伸ばしても取れないのだろうかと。
少し賢くなって、月と地球の位置を把握したものの、何かのタイミングでふと手に触れる瞬間があるかもしれない。
月は触ると、どんな感じなんだろう。
「あのな、力石よ。月はちゃんと聞いてるんだよ」
「……何を?」
「こっちの話」
「ほぉ……」
その証拠に、掴みたいと思ったら細くなって、月に住むうさぎの居場所がなくなるんじゃないかと心配した頃に太ってくる。
酒も入っていたから、月を見上げながらそんな話をした。
「いい話を聞いたよ」
「……何……」
「本郷さん、ロマンチックだ」
「お前、何を……」
力石の手が、いきなり俺の手を掴んだ。
「酔ってるのか」
「握手しよう」
「酒飲んでる時にか?」
「後でするのも野暮だぜ?」
力石に野暮だなんて思われたくない。
「そうか……そうだな」
しっかりと握り合って、握手する。
力石の手の感触は悪くない。
「あ……」
「何?」
「俺が月を掴んだ時の手触りって、お前の手かもしれない」
「酔ってるなあ、本郷さん」
「バカ! こんなあっさり酔うわけないだろ」
月はこんな近くにあったのだ。
そう思ったら、力石の手を離したくなくなってしまった。
俺以上に、力石がなかなか手を離してくれなかったのだけど。