春の惰眠というか、居眠りにちょうどいい季節な気がします。
力石がこたつでビールを飲んでる隣で、豪快に両手両足投げ出して寝ている本郷さんに萌え広がりすぎます。
(内容とは全然関係ない前書きでした……が、甘いです)
「最近、集中力が落ちてきてな……」
いい音を立てて、アジのフライにかじりついていた本郷さんが、ぽつりと呟いた。
「なんだよ、いきなり」
「競馬新聞も読まなくなったし、エロサイターも……細かい記事は後回しにするようになった」
「……あれはグラビアを見るためじゃないのか?」
「何を言うか。いい記事とか連載、すごく多いんだよ。いつだって俺は、余すところなく読んでいる!」
謎の主張に笑いそうになる。
「あ、すいません。焼酎の水割り、ください」
珍しい選択だ。
「本郷さん、焼酎飲むんだな」
「あ……いや、まあ、な」
なんとも歯切れが悪い。
「力石、この間芋焼酎、俺の家に置いて帰っただろ」
鹿児島に行った時、買って帰って、寝かしてあった一本があった。
本郷さんは焼酎は飲まないと言っていたけれど、気が向いたら飲むかもしれないと思って、合いそうなつまみと共に持って行ったのだ。
不審そうな顔をした本郷さんは、俺のロックを匂ってみて、
「こいつは、鼻から酔う」
と言って遠ざけた。
甘くてとろりとした味わいの芋焼酎は、断然ロックが美味しい。
無理に勧めるのも申し訳ないから、俺が飲むと言って、こっそりと棚の奥に隠してきたのだ。
「あれをな……ちょっと舐めてみたら、意外といけた」
「ほんと? それはよかった。今度じっくり飲もうよ」
「おお……焼酎も、しょっちゅうじゃなかったらいいよな」
今のは冗談だろうか。
本郷さんの表情は変わらないから、ギャグでもなんでもないらしい。
「食べるか?」
「ん? 食べてるよ」
アジのフライはシッポの先だけになっている。
本郷さんが美味しく食べたのならそれでいい。
俺はイカフライにかじりついた。
「あ、俺も焼酎にしようかな」
「いいぞ、力石。じっくりと飲め」
笑顔の意味が不審だ。
今夜の本郷さんは、何か企んでいるのだろうか。
「そういえば、駅の向こうの家だけど、花屋かと思うくらい花を咲かせてるところがあるよな」
「……ああ、あるな。季節がわかる家」
「チューリップがさ、あんなにかわいいとは思わなかった」
「へえ。本郷さんがそんな風に思うとはね」
「昔……チューリップでいたずらをして、すごく叱られた事があるんだ……」
本郷さんの昔話は不思議だ。
正確な年齢を聞いていないせいもあるけれど、時代が分からなくて興味深い。
酔って口が軽くなるのだろうか、酒の席では、結構色々話してくれているような気がする。
それなのに、決定的な事は何一つ知らない。
聞けば教えてくれるのだろうか。
まだしばらく、不思議を楽しみたい気もする。
本当に本郷さんは、俺を離してくれない。
「母親が庭に植えてて、きれいに芽が出始めた時だよ。色を揃えて並べてたのを知ってたから、そっと植え替えて……まだらの庭にした」
「……最低だな……」
「すごく叱られた」
口を尖らせているという事は、自分は悪くないと思っているという事か。
いたずら好きな子供時代の本郷さん。
その頃から出会っていたかった。
「……待てよ」
唐突に謎が解けた。
集中力。
焼酎。
チューリップ。
「……本郷さん、俺とキス、したいんだろ」
「へっ!」
大きく見開いた目がじっと俺を見つめる。
口元が震えて、固まった。
「遠回しに言わなくても……いつでもするのに。今ここでもいいよ?」
「お、お、お前は、何を言ってる……」
「だって、ちゅうって」
「ちゅう……?」
ちゅう、と、三回繰り返して、本郷さんが首を振った。
「巧妙に、単語に混ぜてきた」
「ち、違う! 違うって! それ、マジで偶然!!」
真剣な声に、俺の勘違いだとわかった。
ものすごく残念だ。
「本当? 俺、すごく高度な言い方だと思ったのに」
「どこが高度だよ。そんな、昔の新婚夫婦の暗号みたいな……」
「何、それ。俺知らない」
「知らないって……! したいとか言えないから、二人でわかる合図を決めるって……」
「俺が思ったの、まさにそれだった」
「力石よ!」
本郷さんは嫌がっているのではなかった。
あっという間に真っ赤になった顔と、俺を見られない視線の揺れで、伝わってくる。
「あんまり……中年のオジサンをいじめるなよ……」
「最後にオチをつけたね」
「何……」
ひっくり返りそうになる手を掴まえて、小さく囁いてあげた。
「合図、決めようか?」
「バ、カやろ……!」
かろうじて、俺を見てくれた目は、少しも怒っていなかった。