今夜はちらっと星が見えたので、そこから妄想が加速しました。
「お、星が出てる」
店を出て、力石が呟いた。
ビルの隙間に見える星だ。
俺よりも先に見つけた事が少し悔しい。
「本郷さん、さっき見た天気予報、明日雨って言ってなかったっけ?」
「そういやそうだ。雨なのに星って見えるんだな」
今飲んでいた店で、テレビはニュースを流していた。
俺は目の前に座っていた力石との勝負に必死で、ニュースなんかは見ていない。
ふと、力石が酒を追加した時に流れていたのが天気予報だったのだ。
明日は雨。
雨でも力石は飲みに行くのだろう、と。
そんな事を考えながら飲んでいた。
「本郷さんよ」
「何?」
「星って、何に見える?」
突然の力石の問いに、思わず言葉に詰まってしまった。
軽く酔いも回っている。
気の利いた答えが言えないと、鼻で笑われそうだ。
「星座の話か? 俺な、あれ、ちゃんと見えた事がない」
「星座は俺もだな。どうやって線をつなぐのかがわからない」
「おお! やっぱ俺たち気が合うよ!」
思わずその手を握りそうになっていた。
一瞬で酔いが覚める。
ひとつ咳払いをして、真面目に考えた。
「……そうだな、星はやっぱり、金平糖……」
「なるほど」
「なんだよ、なるほどって」
「本郷さんはそう言うと思ったんだ」
力石が嬉しそうに笑う。
自分の想像した通りに俺が動いたのが、そんなにも嬉しいのか。
俺はショックだ。
ライバルである力石に、全てを読まれたような気がしてならない。
もう少し、俺はミステリアスな男でいたいのに。
「んじゃあ、力石は何? まさかと思うけど、石の塊とか言うなよ? あと、氷の塊とかも反則だ」
先制攻撃を食らわせてやった。
力石という男は、夢を見そうにない。
ドライでクールで寒い夜の三日月のように尖っている。
ただ、最近は、ぐっと優しい顔を見せる時もあるから侮れない。
「たまごボーロ」
「へ?」
意外すぎる単語を聞いた。
思い切り力石の顔を見つめる。
「たまごボーロって、赤ん坊の食べる、あれ?」
「俺が言うと変かい?」
「……変」
「ひどいな、本郷さんは」
笑う力石には、たまごボーロが似合うかもしれない。
口元が実に甘く、優しい雰囲気まで漂っている。
おそるべし、たまごボーロだ。
「だってな、なんでそんな子供のお菓子が出てくるんだよ」
「あのさ、星ってどうして星型なんだ?」
「へ?」
「見ろよ、本郷さん。ここからこうやって見上げる星って、どう見ても丸くないか?」
力石の指差す方向を、一緒に見上げる。
少し、肩がくっついてしまった。
「……丸い、といえば、丸い……か?」
「大きさだって、ちょうどよくない?」
「食べられないだろ!」
ちょっと手を伸ばしても届かない。
見てるだけのお菓子なんて、悔しくてたまらない。
「食べなくてもいいけど……本郷さん、たまごボーロも食べるのか?」
「もう何十年も食べてないよ」
俺の言い方が悪かったのか、力石は声を出して笑った。
「俺だって、何十年も食べてない」
「……けど、俺ほど長くはないだろ」
力石は、確実に俺よりも年下だ。
たまごボーロに一喜一憂した時期は、つい最近の話だと思ってもいい。
「一緒くらいでもいいのに」
「そいつは贅沢だ」
「そうか……」
力石が俺の肩を叩いた。
「……何を……」
「あのさ、たまごボーロの専門店があるんだって」
「へえ、すごいな」
「今度買ってくるから、一緒に食べよう」
「……酒に合うか?」
「どうだろうね」
意味深な笑いに、俺の神経が注がれてしまった。
俺は、子供のお菓子は酒に合わせるものではないと思う。
美味すぎて、子供が飲んだら困るからだ。
その理屈でいくと、たまごボーロなんて絶対に合わない。
しかし、力石はそうとは言わなかった。
もしかして、もうその味を楽しんでいたのだろうか。
俺の知らない食の世界。
「ああ、食べたい……」
「ほんと? じゃあ明日あたり、また会うよな?」
「お、おお、楽しみにしてる」
「雨でも?」
「雨でも」
たまごボーロにつられて約束したような形だ。
力石は、もう一度空を見上げた。
俺も一緒に見上げる。
ほんの少し、肩をくっつけて。
つられなくても、多分明日も一緒に飲むだろう。
ひとまず、それは言わなくてもいいような気がした。