昨年書いてましたが(読み返すのは自分で恥ずかしい)本郷さんは絶対に好きなイベントだと思うので、今年も。
しかし色気も素っ気もないなあ……
今年はずいぶん冷え込む。
最近は美女との食事もないし、飲み屋で囲まれるような楽しみもない。
その分、恐ろしい勢いで力石との距離が縮まった。
だからといって、別に何が変わったという訳でもない。
「……本郷さん?」
「ぬおっ?」
目の前の力石が、じっと俺を見つめている。
今夜はなぜか、力石が持ち込んだ大吟醸と鍋だ。
野菜なんて高すぎて、一人じゃ鍋をする気にもなれない。
そんな事をふと口にしただけなのに、力石が全部用意して来た。
「美味しい?」
「すごく。白菜、本当に美味いよ」
俺の家の台所に立つ背中から、とてもデキる男の空気を醸し出していた力石は、俺が思う以上に手際よく、鍋の準備をしてしまった。
鍋に関しては、俺はきっとうるさい方だ。
まず食材を選ぶし、鍋に入れる配置も考える。
第一鍋とは、簡単に見えるけれど奥が深い料理なのだ。
ただ切って火にかけるだけではない。
そういうツッコミを、させてもくれない力石の鍋は、久しぶりに家で食べる野菜もあって、実に、実に美味かった。
「今日は本郷さんと一緒に食べたかったからな」
「へえ、今日何かあったっけ……」
壁のカレンダーに目をやる。
「あれ? 何か書き込んである……俺、書いたっけ……?」
遠くて見えない。
立ち上がって、カレンダーの文字を見る。
「……気が、つきませんよう、に……? 何だ? 暗号……」
「それ、俺」
「へ?」
振り返って力石を見る。
ちょうど鍋に手を伸ばして、鳥団子を掴んだ所だった。
「あっ、その団子、美味かったから、俺の分残しておけ」
「十分にあるよ」
すっかり足を崩して座る力石は、俺の部屋に馴染みすぎている。
いない空間が想像出来ない。
「あ、そうじゃなくて、力石書いたって?」
「ああ。本郷さん、今日の事、すっかり忘れてるだろ」
「今日……鍋だろ?」
「俺との予定じゃなくてさ」
「……なんだ?」
まだ酒には酔ってない。
必死に記憶を引っ張り出す。
何も、覚えていない。
「……鍋じゃないとすると、酒の方か……」
「違うよ」
「それじゃ……」
考えながら、こたつに戻る。
向かい合わせになる力石の顔を見て、わかった。
「……俺の足が臭い……」
「どこからそんな答えが?」
力石が笑い出した。
「今夜。バレンタインデー、だろ」
「……あ、今日だった?」
そういえば、街にハートが飛び交っていた。
チョコレートの日だったのか。
「力石の鍋が美味すぎて、きれいさっぱり忘れてた。心残りすらなくなってるぞ」
「そいつはよかった、って言っていいのかな?」
「モチのロン。だって、他の予定も何も……」
ある訳がない。俺の部屋のカレンダーは、日付を見るためだけの物なのだ。
日常の予定は頭の中に入っている。
今夜は力石と鍋。
それが最優先事項だ。
また笑う力石が、カレンダーを見て、俺を見た。
「もしも本郷さんが、今夜どこかに出かけてたら、一人で鍋しようと思ってたからね」
「何……」
「別にいいんだ。本郷さんと鍋を食べる機会は、この先何度でもあるから」
確かに。
これだけずっと会っているのだ。
今夜じゃなくてもよかった。
けれど。
「今夜は力石だぞ」
「……そう、かい? そいつはよかったよ。俺も、今夜は本郷さんとって……」
また、力石が鳥団子を食べた。
「鳥団子は俺のって……!」
「ちゃんと、チョコ、用意もしてあるから……え?」
俺が箸を伸ばして、力石の皿から鳥団子を掴んだのと同時に、力石は眩しいくらいの輝く小さな小箱を俺に差し出したのだった。
動きが止まるとは、この瞬間の事だ。
お互い、腹を抱えて笑ってしまったのは、言うまでもない。