本力のつもりで書き始めていたのに、気がついたら力石になっていました……
ちょっとだけ、日常っぽい幸せを込めまくってみました!
「ありがとうございました!」
雪が降りそうな夜だ。
じっと睨んでいると、空から白い粒が混じって見えてきた。
「……積もると困るな……」
店を出て、駅に向かう。
そういえば、今夜は本郷さんに会わなかった。
約束なんかしていないのだから、当たり前だけど、不思議な気がした。
最近は、そばにいないのがおかしいと思える距離感だ。
「本郷さん、か……」
その名前の響きは優しい。
黙っていれば格好いい大人の男なのに、一度口を開くともうダメだ。
格好いいは消え去って、途端に可愛いになってしまう。
年上の男を可愛いと思える日がくるなんて、思った事もなかった。
ポケットに両手を突っ込んで、歩く速度を早めた。
車も通らず、人気もない。
こんな所でも、さっきの店は繁盛していた。
俺の秘密の店だ。
いつか、本郷さんと一緒に行きたいと思う。
「……っ、すいませ、ん……あ」
「あ、本郷さん」
大きな木の枝で、道の向こうから来る人に気づけなかった。
ぶつかりかけたけど、お互いにうまくよけた。
それが本郷さんだった。
「力石、どうした、こんな所で」
「俺? この向こうの店で食べてきた所だ」
「えっ、そこ……」
本郷さんの顔が曇った。
寒さからだろうか。
「どした? 何か……」
「い、いや。何でも、ぬ……」
はらはらと振る手に力がない。
「雪、降ってきそうだよな、今夜」
「おお……」
「あ、あの店、燗酒、美味かったよ」
「ああ!」
唐突に、本郷さんの両手が耳を押さえた。
そしてすぐに、頭を振りながら、その手を俺に差し出した。
意味がわからず、ポケットから手を出して、そっと握りしめる。
「本郷さん?」
「いや……今俺は、自分との戦いに勝ったのだ」
「……戦い?」
「痛い言葉も聞かねばならぬ」
「どこか痛かった? 今、当たったかな」
「あ……いや、それは俺の話」
本郷さんには謎な所がいっぱいあるけれど、今夜の仕草もそのひとつだ。
勿論、不快に思った事などない。
ひとつひとつ思い出したら、全ての意味を聞いてみたい気がしてきた。
もっと本郷さんに近づける気がする。
「で、店、行く?」
「あ……そ、そうだな……腹は減ってる……」
「……俺、本郷さんの好きなの買うから、一緒に帰らん?」
「帰る? 帰る、か……」
駅の近くに、色々揃っている店があるのを俺は知っていた。
だからといって、なぜそんな提案をしたのか、わからなかった。
食べて帰ろうとしている人に、買って帰ろうとは、俺も意味不明だ。
そろりと俺をみた本郷さんが、笑う。
「……俺んちで、いい?」
「本郷さんちがいい」
ゆっくりと歩き出す。
言葉より、足で答えてくれる本郷さんはオシャレだ。
「美味い酒、一本」
「よし」
「ハムと、玉子と……」
「パンはある?」
俺にも笑いが移ってしまった。
歩きながら、本郷さんはもう、朝食の予定に入っていたのだ。
俺が泊まる前提で。
「あるよ。俺、朝はトーストにするつもりだったから」
「へえ」
「トーストはイチゴジャムな。これは、譲れぬ」
格好いい大人の男が、イチゴジャムの良さを語り始める。
聞いているだけで楽しい。
「それじゃ、トーストは本郷さんに任せる。後は俺が作る」
「お、いいねえ。朝食を作ってもらうとか、なんか贅沢な気分だよ」
向かう店が見えてきた。
本郷さんと買い物をするのは、きっと楽しいと思う。
今夜は、山のように買って帰る予感がした。