今年は寒いです。雪も昨年よりずいぶん降ってる気がします。
なので、のんびり暖かい妄想ばかりになります……
というか、本郷さんって寒いの平気だったっけ?
「またやってる」
待ち合わせて一緒になった訳ではないのに、今夜も力石と酒を飲んだ。
のれんの感じが気に入って、絶対にここは美味いと吸い込まれたら、すでにヤツが座り込んでいたのだ。
悔しい。
逃げも隠れも出来ないとはこの事だ。
「本郷さん、こっち!」
笑顔で手招きされて、力石のそばに座る。
俺の好きな、落ち着く隅の席だ。
力石はよくわかっている。
「おお、燗酒やってるのか」
「今夜冷え込みそうだからね。こういう夜の燗酒はたまらない」
「同じく」
ふと、今夜の戦いを忘れてやってもいいと思ったのは、力石がポテトサラダを食べていたからだった。
いつだって、ポテトサラダは俺の魂。
ようやく力石が、俺の真似をしたのだ。
「いやあ、今夜の酒は美味いぜ。いい店だし」
「そうだな。本郷さん、ご機嫌だな」
「寒い時は熱燗だろ、ほら、力石ももっと飲め」
すでに力石の前には徳利があったのだけど、後から注文した俺の酒の方が熱い。
燗酒の微妙な温度の差について語りながら、二人でずいぶんと楽しんでしまった。
酒は一人で飲むのがいいけれど、力石がいるのはもっといい。
楽しくて、つい話が弾んでしまう。
酔わせてやるつもりで飲んでいたのに、どうやら俺の方が酔ってしまったようだ。
ほんの、お猪口一杯分くらい、としておこう。
店を出たら、粒の大きな雪が舞っていた。
来た時よりも白い視界に思わず見とれる。
「な、何だよ」
「本郷さん、雪食おうとしてただろ」
「……ぬ……」
誰だって、思わず口を開けて追いかけてしまうだろう。
雪は不思議だ。
音がしない。
静かに、けれど強引に、あたりを白く染めていく。
誰かに似ている。
「雪ってな、本郷さんに似てる」
「へっ? 俺?」
「気がついたら一杯になってるところ」
思わず力石の顔を見つめてしまう。
俺の心に余裕がないと言いたいんだろうか。
力石との戦いに破れ、気持ちが一杯一杯になっている、と。
「あのさ……」
「本郷さんの事ばかり考えてしまうよ」
「俺?」
「うるさいところは、積もる雪と正反対だけどな」
「……それ、貶してるのか……」
「褒めてる。ものすごく」
からかうような口調に、思い切り息を吐き出してやった。
雪のように白い。
楽しくて、三度繰り返したら、倒れそうになった。
「大丈夫、本郷さん?」
ふらついても、力石がいるから平気だ。
今夜も俺には余裕がある。
力石は、余裕なのか。
「あ、力石よ。頭から風邪ひくぞ」
寒いのに、力石はまだパーカーのフードも被っていない。
真っ黒な髪に雪が触れる。
「このくらいで?」
「ほら、もう雪が積もろうとしてら」
手を伸ばして、一番大きな粒を掴む。
雪ではなく、力石の髪の毛を引っ張ってしまった。
「あ、ごめん! 抜けてはない」
「そのくらいで抜けたらびっくりする」
笑う力石が、自分で頭の雪を払う。
さっきまでポテトサラダを箸で追いかけていた手だ。
「寒いな」
「おお……」
「本郷さん、このまま帰る?」
「モチのロン」
そうは言ったものの、静かに舞う雪の中を歩くのは嫌いではない。
積もるまで、まだ時間はかかるだろう。
「……と言いたいところだけど、少しだけゆっくり歩きながら帰る」
「俺も付き合おうかな」
「どっちが先に雪だるまになるか、競争するか」
力石が俺を見る。
じっと見て、唐突に吹き出した。
「なんだよ、いきなり」
「本郷さんは雪だるまにはならないと思う」
「何……」
「その前に家に帰り着くし、ちゃんと俺が払ってやるよ」
俺の肩に、背中に、力石の手が伸びる。
ちょうどいい具合の力が、雪を払っていく。
「俺も……」
「行こうぜ」
「あ、そうだな。それが先だ」
もう少し、払われてもよかった。
「……もしかして、俺って、雪のオバケがついてたりする?」
「なんだ、そりゃ」
「今、払われて気持ちよかったから……」
「本当? じゃあもっと触っていようか」
あ。
どうやら、俺から誘いの言葉をかけてしまったようだ。
力石の手は熱い。
俺は力石よりも着込んでいるはずなのに、直接触れられているような気がするくらいに。
「おい、あんまり雪を溶かすんじゃないぞ。もうちょっとだけ、味わいたいんだから」
「勿論……本郷さんと雪は、意外と似合ってるからな。風邪ひかない程度なら、少し見ていたいと思うよ」
とても、ではなく、意外と。
「どういう……」
「ほら、顔に……」
雪よりも、力石の指先が触れるのが先だった。