ジャムトーストのことを考えていたのに、なぜかおにぎりの話になりました。
どっちも本郷さんには似合うので、ヨシ。
なんて事ない話をしている二人も大好きです。
「力石よ、聞いてくれ……俺の悲しい話を」
本郷さんが完全に酔った。
こんな瞬間はなかなかお目にかかれない。
いつもは楽しそうに飲んで、ゆっくりと酔っていくのだ。
今夜はハイペースで酒を急ぎ、唐突に崩れた。
少し俺にくっつくようにして、バランスをとっている。
これは悪くない。
「どした」
「俺、今朝はご飯が食べたかったんだ」
珍しく、早い段階でおにぎりを食べているとは思った。
酒はいつもの半分。シメの時間ではない。
「なかったのか?」
「あったよ。最高のササニシキ。わざわざ取り寄せて、今朝に合わせて炊いたんだ」
「自分で?」
「モチのロン。他に誰がする?」
突っ込みたかったけれど、あえて口をつぐんだ。
昨夜も本郷さんは一人でいたらしい。
お互いの詳しい生活に関しては、まだ知らない事が多すぎる。
別に酒の席で打ち明けるような事でもないから、そのままにしているけれど、俺は、もっと知りたい。
本郷さんくらい不思議な人なんて、どこにもいないだろう。
日中何をしているのか。
俺と会わない時の食事は、一人なのか。
本郷さんと感覚の合う人が、他にいるんだろうか。
なんて、一つ聞いたら止まらなくなりそうだ。
こんな事で嫌われるのも、引かれるのも辛い。
本郷さんとだけは離れたくない。
「でな……って、あれ? 俺、何の話してた?」
「ササニシキのご飯」
「そうそう、朝食の陣立は、完璧だったんだ」
今気がついたけれど、本郷さんは、献立を陣立と言うらしい。
なかなか古風な言い方だ。
俺も覚えておいて、そのうち使ってみよう。
「そしたらさ、おかずが何もなくてな……」
「何もって事はないだろ。納豆とか、沢庵とか……」
「それら全て、前の夜に肴にしてた」
「ああ……」
「炊きたてのご飯の泣き声が聞こえてきたんだ!」
想像しただけでおかしい。
ご飯の前で右往左往する姿が見える。
悲しい時の本郷さんの顔は、実に悲しそうなのだ。
表現力が豊か、というのだろうか。
本郷さんには不思議すぎる魅力がある。
「で、食べなかったのか?」
「塩でおにぎりにした」
「へえ……」
伊達に長い間一人暮らしはしていない。
食事面も、外で食べるばかりでなく、きちんと自分で用意して食べられる。
本郷さんが、完璧な人間に思えて来た。
「そしたらな、ちゃんと丸くならないの」
「……そいつは……」
「こう、手で握ってな、丸くって呟きながら丸めたのに……」
丸く、丸く。
本郷さんの手が空気を丸める。
「三角になるんだよ」
「……その手つきだと、丸くはならないだろ。三角のおにぎり作ってるよ」
「え? 三角ってのは、角を尖らすだろ?」
「……角を尖らす?」
俺もつられて、手を出した。
本郷さんの真似をして、おにぎりを握る仕草をする。
「ぬ……力石のおにぎりは丸いぞ……」
「そう? 本郷さんと同じ手つきだけど」
「いや! その手は丸いおにぎりを握ってる! くそ……」
悲しそうな声が、沈んでいく。
本郷さんが、テーブルに顔を沈ませた。
「おっと……」
皿やコップにぶつかる前に、帽子を取ってやった。
隣の空いた空間に避難させる。
久しぶりに見た、本郷さんの後頭部だ。
俺は、本郷さんの頭の形も好きだ。
本人は、遠い将来、髪が薄くなる心配をしているけれど、これだけ健康的な食生活をしているのだから、気にする事はないと思う。
酒は飲むけれど、頭髪に影響はしそうにない。
しても、いい。
「本郷さん、俺、本郷さんの髪が薄くなっても、いいと思うよ」
「なぬっ! 俺の髪、そんなに薄いところがあるか?」
飛び上がった本郷さんが、さっきまでおにぎりを握っていた手で頭を撫でる。
頭のてっぺんから、こめかみのあたりと後頭部と、マッサージしているみたいに、ゆっくりと指が移動していく。
どっちにしろ、この手は優しい。
「それはない」
「嘘じゃないだろうな……」
そっと手を伸ばして、本郷さんの手の上から頭を撫でる。
「おい……」
「俺が保証する」
「力石の保証か……」
「ダメ?」
「……よしとしよう」
ちらりと俺を見て、嬉しそうに笑った。
「俺、髪は大丈夫なんだってさ」
誰に言ったのか。
思わずあたりを見回してしまった。
「力石って、いい奴じゃないのか? もしかして」
「いい奴だよ。いつも」
「よし。いい力石に、酒をごちそうしよう」
徳利が追加された。
酒は嬉しい。
「あ、本郷さん、今の話の、本郷さんの握ったおにぎり食べたい」
「なぬ? あの謎の形を?」
「丸くても、三角でも、おにぎりはおにぎりだろ」
「……まあ、そうだけど……だな、よし。食べに来い」
今の言葉の響きは気に入った。
甘い返事を返してしまいそうな気がして、慌ててお猪口を手にとって誤魔化した。