気がつけば69話目……深い意味はないけれど、ある(笑)
ちょっと近づいた小話で、ラブそそいでみます。
力石は、頻繁に泊まっていく。
そんなに心配するほど、毎回俺は泥酔する訳でもないのに、
「本郷さん、酔いすぎるから」
と言って、飲み屋から出てすぐ、手をつないでくれるのだ。
そのまま、俺の家まで。
こんな風に歩く事は、今までなかった。
言われてみたら、確かに足元はふらついている。
歩けないほどではないけれど、力石に俺の力を預けているのは悪くない。
「チカラ、か……」
「何?」
「いや。さっきの店、美味かったよな」
なぜ俺は、力石の目を見るとごまかしてしまうのだろう。
俺が笑うと、力石も笑う。
そして、手が熱くなる。
「力石よ。この手……」
「ん?」
「よく慣れた手だ」
俺は何を言ってるのだろう。
思わず手を振りほどきそうになって、力石に強く握りしめられる。
力石の力は強くて、俺から離れる事がない。
「おい……」
「慣れたよ、というか……前からこうじゃなかったっけ?」
「へ?」
力石は時々不思議な事を言い出す。
俺の独り言とは違って、何やら確信めいた言い方だ。
ただ、しばらく考えないと、俺にはわからない事が多い。
帰って、ゆっくり眠る布団の中で、とか。
「そうだ……布団、そのままで出てきてる」
「え」
「今朝、慌ててたから、すごい俺の部屋、汚い!」
一人暮らしが長いとはいえ、最低限の生活環境は整えている俺だ。
こたつの上に、飲み散らかした空き缶は放置していても、布団だけはきちんとあげる。
服を脱いだままにしておいても、帽子だけは別に片付ける。
自分でも境目がよくわからないけれど、おかげで鼻をつまむほどのおかしな部屋には住んでいないはずだ。
「気にしないよ。どうせ寝るんだし」
「それだよ、そこがダメなんだよ」
「……ダメって?」
「布団だって、生活にメリハリが必要だろ」
「……布団に?」
「おお」
頷いた俺をみて、力石が吹き出した。
「本郷さん、一人暮らしなのに、一人じゃないみたいだ」
「へ? そうか?」
「だって、その布団、生きてるみたいだぜ?」
「布団が生きてたら怖いだろ。というか、オジサンの加齢臭にまみれて、多分、世界で一番不幸な布団だと思うぞ」
力石が、声を出して笑っている。
店にいる時は、恐ろしい魔狼の表情を見せるのに、こうやって手をつないでいる時は、普通の魔狼にしか見えない。
魔狼にも、普通と普通じゃないのがいるんだろうか。
よく知らないけれど。
「本郷さんの布団は気持ちいいよ」
「そう?」
「ものすごくよく眠れる」
言われて見れば、力石はよく眠る。
夜中にふと目が覚めて、トイレに行ったり水を飲んだりしても、全く力石は動かない。
死んでいるのかと、何度も思ったくらいだ。
「俺、人のいるところであんなに眠れるの、初めて」
「へえ……俺なんて、どこでもすぐ眠れるけどね」
「移ったのかな、本郷さんのが」
力石は眠らないけれど、俺は眠る。
俺が眠るから力石も眠る。
「それって、何か特許取れそうじゃないか?」
「どういう特許だよ」
「力石眠らせるの巻?」
力石の笑いがまた止まらなくなった。
「おい、おまえ、どこか悪いんじゃないのか?」
「どういう意味……」
「眠り病と、笑い病を併発してるとしか思え、ぬっ……!」
不意に、力石が俺に抱きついた。
「こ、こら」
肩のあたりがくすぐったい。
器用な力石は、俺とつないでいる手を離す事なく、より近づいた。
「多分、その病気、治せるのは本郷さんだけだよ」
「俺は医者じゃないぞ! そんな、期待は……」
笑う力石は熱い。
熱まで出たのだろうか。
「添い寝で手をうとうか」
「……なんだよ、それは……」
「今夜の本郷さんは酔ってなさそうだから、このまま付き合ってくれてもいいけど」
「酔いすぎたって言ったっ、こらっ」
笑いながら、力石が俺の耳を噛んだ。
俺から力が抜けていく。
耳は、多分、この世で一番危険な場所だ。
力石はよく知っている。
「敷きっぱなしの布団も、いい感じに待っていてくれるんだろ?」
「えっ」
「ダンドリ、いいよな」
飛び上がって、逃げてもよかったのに、俺の手も足も動かない。
「力石……」
「帰って眠る楽しみがあるのっていいな」
「……それは、な……」
そっと俺から、繋いでいる手に力を込めた。
耳の続きは手で。
それからゆっくりと眠るのがいい。
きちんと、力石には伝わった。
「帰ろう」
「おお」
力石を眠らせるのは俺だけ。
これはなかなか特別感があって、すごく嬉しい気持ちになってきた。