「うふふ……」
突然、本郷さんが気持ちの悪い笑い方をした。
テーブルの上の酒は、まだ減っていない。
泥酔した訳でもなさそうだ。
「……何か、いい事でもあったのか?」
「おっ、分かるか! 力石よ」
満面の笑みを浮かべて、日本酒を飲む。
そこまで美味しかったんだろうか。
「当ててみるか?」
唐突にクイズだ。
飲みながらだと、長くなるから面倒だと思う。
でも、この嬉しそうな顔の期待は裏切りたくない。
「……そうだなあ。宝くじでも当たった?」
「そいつは、十枚買って一枚の事か?」
「当たったとは言い難いな」
俺が答えられないと、本郷さんの笑みは優しくなる。
「初めて行った店に、すごい爆乳の美人がいた?」
「いにゃっ……いや、行ってない」
「そうか」
ちょっと口元が震えているから、嘘だとわかったけれど、ここは別に追求しない。
真剣に考えてしまう。
本郷さんがここまで嬉しい事。
他に何があるだろう。
仕事の関係は、全く知らないけれど、本郷さんには、俺くらい一緒にいる人間もいないような気がしている。
「どうよ、力石。降参するか?」
ずっと見ていたい笑顔だ。
本郷さんは、笑うとこんなにも可愛くなる。
これは、すごい秘密だと思ってもいいだろう。
俺しか知らない、だといい。
「ああ。降参する」
「えっ、マジで? マジで?」
「教えてくれる?」
手元の酒を一気に飲んで、本郷さんが息を整えた。
「あのな、じゃんけんなんだけど」
「じゃんけん?」
「俺、世界で一番強いかも」
この答えは、想像も出来なかった。
けれど、ものすごく本郷さんらしい。
「へえ、そうなんだ」
「信じてないな? 今、力石、手を出せ」
「はい」
本郷さんの掛け声で、軽いじゃんけんをする。
俺は握りこぶしを突き出し、本郷さんは広げた手のひらを見せつけてきた。
「ほら! な? 力石に勝っただろ?」
あまりにも嬉しそうな笑顔に、ゆっくり頷いて、冷酒をひっかける。
俺の喉の奥には、ぐっと堪えた笑いがあった。
「いやあ、意外な才能って、こういう事だよなあ」
本郷さんは酔っ払うと、不意打ちでじゃんけんを挑んでくる事がある。
多分、もう十回以上は繰り返していると思う。
見慣れた本郷さんの手のひら。
そう。
本郷さんは、じゃんけんの時、必ず手のひらを広げるのだ。
それ以外、俺は見た事がない。
「力石がじゃんけんに弱いとはな……ほんと、意外」
「本郷さん、誰かに勝ったんだ?」
「昨日行った飲み屋でな」
昨日は、本郷さんに会わなかった。
じゃんけんをしてくれるような人がいる店に行ったという事か。
爆乳の、美人。
ほんの少し、胸の奥に何かが残った。
嫉妬だとは思いたくない。
ただ、そんな時も、本郷さんと一緒にいたかっただけだ。
「美人だった?」
「へ?」
「本郷さんとじゃんけんした相手」
「焼き鳥屋のおやじだぞ」
「え? 焼き鳥って……」
「ああ、前に力石と会った事ある」
覚えている。
多分、本郷さんと会った店は、全部覚えている。
食べた物も、飲んだ物も。
そのくらい、本郷さんの事は特別なのだ。
「あのおやじさん、じゃんけんなんてしてくれるんだ」
「俺が勝ったら、串追加って話になってさ。三回も勝っちゃった……」
「……それ、店のサービス?」
「いいや。普通に払ったけど……おい、何笑ってるんだ?」
笑いが止まらない。
おやじさんもわかったのだ。
本郷さんが、じゃんけんに弱い事を。
本当に、その場に一緒にいたかった。
俺だったらどうしただろう。
「本郷さん、もう一度、じゃんけんする?」
「え? 勝てないぞ、力石は」
「一杯おごるよ」
「よし!」
予想と期待を絶対に外さない本郷さんに、俺は自信たっぷりの拳をつきつけた。