満月の夜に更新していれば、大目に見てもらえたかもしれないのに……
いつもよりちょっとだけ甘い感じのお月見です。
そして、本郷さんは月のうさぎが好きっぽいと、勝手に決めつけてます。
力石は、今時の若者だから、きっと知らないに違いない。
中秋の名月。
不思議と、月がでかく、まんまるに見える夜だ。
「本郷さん、知ってる?」
「なんだ?」
「コップのビール。上から見てみ? 月っぽいぞ」
「へ?」
力石が手にしたコップを、俺の前に突きつけてくる。
コップは丸い。
ビールは黄金色で、月に似ている。
そして泡は、月を隠す雲だ。
「……ほんとだ」
悔しい。
なんと粋な見立てをする男だろう。
この場で、俺が、それを言いたかった。
「いい月の夜だな」
そう言って、力石は満足そうにビールを飲み干した。
じっと睨みつけていたけれど、力石の口元には泡のカケラも残らない。
実にきれいな飲み方だ。
俺がすると、絶対に泡が残る。
いつも、いつも、いつも。
全く、何が違うんだろう。
「本郷さん?」
「お、おお。秋が来ても、ビールは美味いぜ」
力石と月を見るなんて、今まで何度もあった。
折れそうに細い月。
きれいな三日月。
やや太り始めた半月の前。
そして、ゆっくりと戻っていくその姿。
「……思い出したぞ」
「何?」
「この前な、力石、太った月見上げて、笑った」
「……そんな事あった?」
「視線が、俺の腹を見てた」
肩がわずかに揺れた。
今、力石は笑った。
「あの時の月ね。半月からやや丸くなった感じが、食べ過ぎて腹出してた本郷さんに、すごく似てた」
「……こ、こいつ……」
「なかなか見られない姿だよな。本郷さんといると、いつも本気で楽しい」
バカにされたのか、褒められたのか。
拳を振り上げようと思ったけれど、大人気ないからやめた。
そっと月を見上げてごまかす。
今夜は、力石の希望で、屋台で飲んでいた。
少し冷えるけれど、酒と肴の美味さで問題はない。
駅の向こうで会わなかったら、俺は普通に店の中にいただろう。
こんなにきれいな月にも気づかず。
(せっかくだから、月を見ながら飲もうよ)
あの時点で、力石の粋には勝てなかったのだ。
まだ負けは認めたくないけれど、悔しい。
「今夜、天気がよくてよかったな」
「全くだ。うさぎも跳ねてるだろう」
月にはうさぎがいる。
俺が子供の頃には常識だった。
今でも、少し信じている。
「本郷さん、うさぎ、落ちて来たらどうする?」
「へ?」
「今夜みたいに丸い月、うっかり、足を滑らせそうだ」
らしくない発言に、月と、目の前の顔を見比べてしまった。
力石はちっとも酔ってない。
俺だって酔ってない。
「そうだな……ちょっと手を伸ばして、落ちて来たヤツ、全部俺が捕まえておこうか」
「……食べるのか?」
「おまえなあ……月から滑ってくるようなおっちょこちょいだ。酒でもごちそうしてやる」
「酔っ払ったら、帰れなくなるかもな」
「……ああ、そうか。長期滞在になる可能性があるな。そういえば、うさぎって、鳴いたっけ。あんまりうるさいと、俺んち的にまずいんだけど……」
途端に力石が笑い出した。
「……なんでそんなに笑うんだよ。普通だろ? だって、月って言えばうさぎだし」
「長期滞在っての、今、ちょっとキタ」
「勝手に笑ってろ」
二杯目は、早々に頼んでおいた熱燗がやってきた。
お猪口を受け取って、力石と分け合う。
徳利は俺がそっと掴んで、力石に向けた。
とくとくと、響く微かな音を、追いかける。
力石も、耳を傾けているようだ。
多分、音楽の趣味は合わないと思う。
年が違いすぎるのだ。
きっと若い力石には、俺の好きな音楽は理解出来ないだろう。
俺は、理解する懐の広さは持っているけれど。
「いい音だ」
「おお」
酒を注ぐ音に関しては、俺たちくらい感覚の合う関係はないかもしれない。
力石は、いいヤツだ。
「……本郷さん」
「ん?」
「うさぎに飲ませたらダメだよ」
「……あ、そうか」
「その分、俺が代わりに飲もうか」
思わず、頷いてしまった。
落ちて来たうさぎを捕まえていく夜は、力石が隣にいるのか。
それは、なかなか楽しい酒になるかもしれない。
「そういう月の晩が来たらな」
「ああ」
同じようなタイミングで、ぐっと酒をあおった。