月は好きです。
何回でもお題にしてしまいます……
もうちょっと長くと思ったんですが、あまりにも恥ずかしくて、いつも以上に短くな感じで。
店を出たら、急に秋の風だ。
涼しくて心地よい。
この間まで、汗が止まらないくらい暑くて、どうしようもなかったのに。
俺は、どの季節も嫌いじゃない。
それは、目の前にいる本郷さんも同じらしい。
つくづく、本郷さんとは気が合う。
「おっ、やっぱり今夜は満月じゃないか」
「ほんとだ……」
さっきまでの白熱していた話を思い出して、笑いがこみあげてきた。
「……なんだよ」
「ん? なんでもない」
今夜は、シメのラーメンで一緒になった。
すでに本郷さんはご機嫌に酔っていて、見つけられた俺は、全力で手招きされてしまった。
そこまで力を入れなくても、多分俺は、本郷さんの姿を見るたび、側に座って飲み食いしてると思う。
今まで、色んな人と飲み屋で一緒になったけれど、本郷さんくらい気になった人はいない。
本気で俺の特別だ。
「力石よ」
「どうした?」
「やっぱりな、丼って、月じゃないか?」
「……さっきから言ってるな、それ」
今夜の話題の焦点は、丼が月に見える、だった。
たしかに、丸くない丼は、見たことがない。
だからと言って、俺と本郷さんが見下ろした丼と、空に浮かぶ月とでは、何もかもが違いすぎる。
大体月は膨らんだ丸さで、丼は器だ。
それを本郷さんは納得しない。
「ついでに言うとな、打ち上げ花火も月の仲間じゃないか?」
「……どこが?」
「ほら、丸くて……あ、あれは開いて消える、か」
気持ちよさそうに、本郷さんは笑う。
月と花火。それに丼、か。
お題としては悪くない。
センスがいいのかどうかは、この際おいといて、だ。
「……丼か……」
「何笑ってるんだ? 美味かっただろ、ラーメン」
「それは勿論」
本郷さんとは、基本、約束をした事がない。
会わない時は何日も会わないし、後で聞いたら時間差で同じ店にいた夜もあった。
それでも、気がついたら一緒にいる。
向かい合わせも、隣り合わせも、本郷さんは変わらない。
ラーメンの丼で、月まで飛んでいく人なのだ。
「本郷さん」
「ん?」
「知ってると思うけど……」
「ああ。月に行ったのは、アポロ。月と丼の秘密に気がついたのは、俺。本郷播」
エヘン、と、偉そうに咳払いをする人を、初めてみた。
漫画みたいだ。
「……本郷さんって……」
「ついでに言うと、チョコレートも仲間という、不思議な秘密があって……」
もうダメだ。
酔っ払ってご機嫌に話が飛んでいく本郷さんは、たまらない。
「な、なんだよ? 力石、さっきから笑いすぎだろ」
「本郷さん、これからどうする?」
「どうって……家に帰って、風呂……」
「軽く飲み直そう」
酒は、なんだっていい。
このまま本郷さんと別れるには、もったいない夜だ。
もう少し、一緒にいたい。
「けど、さすがにもう飲めないかも……」
「じゃあ、チョコ買ってやるよ」
「へ?」
「今、本郷さん、チョコレートが食べたいって言った」
「……言った……っけ?」
半端に揺れる手を、ぐっと握りしめた。
「月と丼。仲間はまだあったよ」
「え、何? 何だ?」
「本郷さんの帽子」
むむっ、と唸る本郷さんも可愛い。
俺の言葉を真剣に考えている。
ゆっくりと指を絡めて、離れないように力を込めた。
本郷さんも、握り返してくる。
これは、この先の時間へつなげるさりげない確認だ。
振り払われた事はないけれど。
「俺の帽子は、俺のだよ。月にはやらん」
「そうなんだ」
「……まあ、力石だったら、ちょっとはいい、かな……ちょっと、な。ほんのちょっと……」
「なるほど」
ぐっと手を引き寄せて、本郷さんのバランスを崩してやった。
声をあげる前に、その頰にキスをする。
本郷さんが望む、ほんのちょっと、だ。
「力石っ……!」
「俺だって、月にはあげない」
「……何を……?」
「本郷さん」
「力……い……」
言いたい言葉は、俺の口唇の中に、続けてもらった。