普通に飲んでる小話の難しさよ……
本気で彼らがどんな話をしながら、酒を交わしているのかが気になって気になって。
原作でもちょっとは出て来ましたが(清澄白川とか?)食べ物についてばかりで、日常の話はなし……ああでもそういうのも萌えます……
「本郷さん、ダイヤモンドなんて買った事ある?」
「へ?」
ちょうど、イカの一夜干しにかじりついた瞬間、力石が謎の質問をぶつけてきた。
今夜のヤツは、熱燗一合を、ゆっくりじっくり味わっている。
肴は俺が頼もうと思っていた鯛の荒煮だ。
取られた瞬間、倒れそうになった。
一緒につつくから一皿あれば十分だけれど、俺の皿を力石が食べるのと、力石の皿を俺が食べるのでは、何もかもが違いすぎる。
力石は、俺の選んだ料理にひれ伏したらいいのだ。
そんな事は、今まで一度もなかったけれど。
「……ダイヤモンドか……」
「へえ、意外。その顔は、買った事あるんだ?」
「ないよ、ないよ。もったいない」
確実に、そんな覚えはなかった。
花束くらいは、贈ったかもしれないけれど、遠い昔のことすぎて、さっぱり思い出せない
「……もったいないってのは……」
「だって、食えないだろ」
「食えないって……」
俺の返事を、力石は小さく繰り返して、吹き出した。
「自分にって意味じゃなかったんだけど。変な事を聞いてごめん」
「おまえこそ、何だ? いきなり」
「いや、今、テレビで広告が流れたから……見なかった?」
「イカ食べてるのに、テレビなんて見るかよ。あ。まさか、出てた女優が知り合いなんて言うんじゃないだろうな」
思わず口から出てしまったけれど、信じられないくらい、嫉妬深い響きになってしまった。
力石の謎は深い。
ありえそうで、心臓がキリキリする。
言った俺の方が驚いて、冷酒をぐっと煽った。
酒はもうない。
「……女優なんて出てた?」
「へ? ダイヤモンドって宝石だろ? 普通は女優がこう、メインで出てるんじゃ……?」
「ああ。全然関係ない。今の、それを贈る男優が、本郷さんに似てただけ」
「俺に?」
力石と、ゆっくり目が合う。
お互いに一瞬そらして、見直したタイミングが同じだった。
笑うしかない。
心臓の痛みが和らいだ気がした。
「そういう……常日頃から格好いいのが仕事の人間と、俺を一緒にするなよ」
「俺、本郷さんの方が、格好いいと思ったんだけどな」
「……もしかして力石、おまえ……」
ん? と、力石の動きが止まった。
「ダイヤモンドが欲しいとか?」
「……欲しくないよ。ちっとも」
「嘘だろ? 百億円くらいするの、くれるって言ったらもらうだろ?」
「それ……どう考えても、犯罪がらみじゃないか? そんなの絶対に欲しくない」
力石は頑固なのかもしれない。
俺だったら、飛び上がって喜ぶ。
ダイヤモンドは宝石だ。
それがあれば、いざという時、酒と肴の少しは楽しめるだろう。
ダイヤモンドを売り払ったお金で、エビフライとか、ポテトサラダを食べる。
ビールは絶対に、だ。
多分、冷酒だって飲めるだろう。
使ってもいいお金があるのは、考えるだけで楽しい。
「……俺の価値観ってのは、ほんとに単純でな……」
「知ってた」
思わず首を傾げるような同意を、力石はしてくれた。
褒められたのか、けなされたのか、その言い方では分からないけれど、今の想像は楽しかったから許す。
「……例えば俺は、本郷さんがくれるって言うなら、その、箸袋でも嬉しいな」
「これ? こんなのが?」
今夜はなぜか、ツルを折ろうとして、ちぎった箸袋を折りたたんだまま、放置していた。
見るも無残なくしゃくしゃで、他に使い道があるとは思えない。
「これ、ねえ……」
「本郷さん、熱燗、飲む?」
「お。飲む飲む」
俺のお猪口は、ソツがない力石の注文で、最初に熱燗が来た時点で用意されていた。
敵の情けをうけない俺は、まず飲んだ冷酒の美味さに、燗酒までたどり着いてなかったのだ。
「どうぞ」
「ありがとう」
「っと……もう少し熱いのがいいかな?」
「いや、燗冷ましも悪くない……」
悔しいくらい、荒煮に合う。
力石が注文していなければ、俺が一人で味わっていた幸せだ。
「イカの一夜干しって、考えた人すごいな、本郷さん」
「ん?」
「そのまま食べずに、干して食べるって……美味さが凝縮されて、絶品だ」
「おお。酒に最高に合うよな」
力石がお猪口を持った手を伸ばしてきたから、俺も伸ばして軽く乾杯する。
こぼさない程度の力と、いい音が絡み合う。
力石とは、どれだけ酔っていても、いい音が出せる。
これも相性というんだろうか。
「……こういうのも、美味いに入るんだろうな……」
「本郷さん?」
「音とか。だって、一人じゃ乾杯出来ないもんな」
喉の奥で力石が笑った。
俺もつられて笑う。
「俺は、おまえの箸袋なんていらないけど、ダイヤモンドはちょっと欲しい」
「ああ」
「ついでに、たまに乾杯する相手は欲しい」
「いいね」
力石の言ういいねは、本当にいい響きがする。
そこはあえて言わずに、酒と一緒に飲み込んだ。