こういう普通の日もあるのかなあ? です。お酒呑んでない!
本郷さん格好いい祭から、地味に力石格好いい祭にスライドしているような気がしないでもないんですが……どっちも好きだからいい(笑)
夢オチにしようかと思ったんですが、二人ともコーヒー飲むから(力石は確実に)よしってことで。
※ 追記 更新してからちょっと時間たちましたが、ずっと気になっていたので直します。
民→王
今日向かう店は、まだ先にある。
駅に着いた時間が少し早すぎて、さて、どうしようかと足を止めた時だった。
なぜか、無性にコーヒーが飲みたくて、たまらなくなった。
酒ならそういう時がある。
カラッカラに乾いた暑すぎる日に、ギリギリまでこらえて飲んだ、あのビールの美味さ。
少し肌寒くなってきた夜の、しっとりした甘さを感じる燗酒の誘惑。
覚えているから飲みたくなる。
それが、今はコーヒーなのだ。
「コーヒーが、ぬ……」
何の呪いだろうか。
俺の歩く先に喫茶店すらない。
コンビニも、自販機も、何もない。
「俺は今、コーヒーが飲みたいんだって! 缶コーヒーでもいい!」
思わず心の中で叫んでしまった。
声に出さなくてよかった。
にぎりしめた拳が、震えている。
「……誰がいるのかと思ったら……」
「ヒッ! 力……石!」
緑の茂る庭木の陰から、力石の声がした。
パーカーのフードを深くかぶって、両手はポケットの中で、相変わらず、何者も寄せ付けない姿は、孤高の王のようだ。
いつものことだけど、力石は意外な所から出現する。
力石か、幽霊か。
真夜中だったら、飛び上がって驚いているかもしれない。
「……あれ? そこ、おまえんち?」
「どうして? 向こうから歩いて来たんだけど」
「そうか……あ、あのさ、そっち方向にコーヒーってなかった?」
力石が目を丸くして、俺の顔と、来た道を見返す。
「コーヒーって、珍しいな」
「なんか、今、口から胃から腹から、猛烈にコーヒーを欲しがってるんだよ」
「……ん……見かけなかったなあ……」
「そっちにもないのか!」
思わず、腰から力が抜けてしまった。
「大丈夫か、本郷さん」
「おお……もしかして、俺は、呪われているのかも、しれない……」
「呪いって、コーヒーの?」
今までの経緯を、軽く力石に話してみた。
不意の乾き。
絶望的な無。
俺をここまで陥れるのは、力石しかいないと思っていたけれど、多分、今日は違うようだ。
「駅まで戻れば?」
「へ?」
一緒に考えていた力石が、あっさりと答えを出してくれた。
「駅のあたりなら、きっと何かあるよ」
「……そうか。なんで俺、気づかなかったんだろ……」
言われてみて思い出した。
駅には自販機があったし、改札を出たところに、古い喫茶店があった。
呪われたなんて、大げさすぎた。
力石を前にして、急に恥ずかしくなってきた。
「なるほどな……歩くのを惜しむなってことか……いや、すまん」
「それはそれとして、本郷さん、こいつ……」
「何……?」
ずっと隠れていた力石の手が、ポケットから出て来た。
握りしめているのは、缶コーヒーだ。
「あ、れ? 何持ってんだ、それは……」
「すごい偶然だろ。驚いたよ。はい、本郷さんにあげる」
「えっ、どうしたんだ? これ」
「コンビニでビール買ったら、くじみたいなのやってて、当たった」
どこまで恵まれている男なんだろうか、力石は。
敵の情けは受けたくないけれど、喉から手が出るほど欲しい。
「ビールはすぐに飲んだけどな。本郷さん?」
「お……じゃあ、いただき、ます」
受け取る時に、指先が触れる。
あつすぎたら熱があって、体調不良の印。
冷たすぎたら幽霊だ。
力石は、どっちでもなかった。
受け取った缶を開けて、一気に喉に流し込む。
アツアツでもヒエヒエでもないコーヒーだけど、俺が今飲みたかったのはこの味だ。
「……美味い、たまらん!」
「本郷さんが、そこまでコーヒー好きだったとはねえ……」
力石は、俺が飲み干すのをじっと見ていた。
見られて恥ずかしいわけではないけれど、何やら気恥ずかしい。
俺は確実に、力石に借りを作ってしまったのだ。
すぐに、返したい。
「……力石よ。今夜の店って、もう決めてる?」
「俺? 刺身で熱燗もいいかなって思ってるところだけど?」
「……それなら、俺に、ご馳走させてくれ。いい店知ってる」
「本郷さんのお気に入り? 楽しみだな」
ちょうどいい。
どうせ店で会うのなら、偶然ではなく、あらかじめ一緒に行くのも悪くない。
「ちょっと歩くけど、大丈夫か?」
「ああ。付き合うよ」
力石が俺の隣にいる。
ふと目があって、笑い合った。
なにやら、ものすごく仲がいいように思える。
力石はライバルなのに。
「本郷さん、飲み干した缶……」
「あ、どこかにゴミ箱あるだろ? 歩きながら探す」
「……よかった」
ちらりと俺を見て、また力石が笑う。
酒が入ってないからだろうか、こんなに若く感じる力石は久し振りだ。
「ん?」
「本郷さんは、そこらに捨てるような人じゃないと思ってたから、やっぱりなって」
「……当たり前だろ」
「さすが。本郷さんだ」
たとえ今、酔っ払っていたとしても、俺はそんなことはしない。
このままゴミ箱が見つからなかったら、家まで持って帰っている。
納得したように頷く力石の、パーカーの袖を軽く引っ張ってやった。