窓の外で鳥の声がする。
ここらには、スズメがいたか。
何か美味い食べ物でもみつけたのだろう。
半分眠ったまま、ぼんやりとその声を追っていた。
「……ん」
「へ?」
他人の存在感に、一瞬で目が開いた。
信じられない。
座布団を二つに折って、畳で転がる力石が、いた。
俺は布団の中だ。
「お、おい、力石、おい!」
飛び起きた俺は、慌ててその身体を揺り起こす。
部屋を見回して、間違いなく俺の部屋である事は確認した。
見知らぬ場所だったら、多分、俺が死ぬ。
「……ああ、おはよう、本郷さん」
「おはようって、なんでこんなところで……」
どうして力石は、布団すら敷いてない所で眠っていたのか。
「覚えてない?」
「何、を……?」
「昨夜のこと」
やけに含みのある響きの声が、俺から動きを奪う。
昨夜。
昨夜。
「何があった?」
「本郷さん、飲み屋で会ったの覚えてる?」
「ぬ……お、おお……確か、昨夜は、焼き鳥だった」
「正解」
たどたどしい俺を茶化すかのような力石に、思わず、軽いパンチを食らわせてやった。
「本郷さん……」
「今のは、鉄拳制裁だ」
「される意味がわからんけど……」
「いい。受けとけ。それより……」
こたつの上に、食べ散らかした焼き鳥の包みがある。
缶ビールも転がっている。
「本郷さん、酔いすぎて、俺が送って来たんだ」
「……送らせて、その仕打ちか、俺は」
「仕打ちって?」
「布団ですら眠らせてないって……」
ああ、と、力石が呟いて笑う。
軽く伸びた手が、不意打ちで俺の横腹を撫でた。
「ひゃっ!」
「さっきのパンチのお返し」
「って、おまえなあ……」
半身起した力石が、ぐっと俺に顔を近づけてくる。
思わず身をそらしてしまった。
「帰ってから、そこで飲み直しが始まったのはいいんだけど、本郷さん、串から焼き鳥が外せなくてさ」
「俺が?」
「歯でこう、噛みついたまま、唸ってたと思ったら、そのまま倒れ込んだ」
「おお……」
「あとはもう、どうやっても起きないから、布団敷いて、勝手に転がしたよ」
その割に、コートと上着はきちんと壁にかけてある。
串を握っていたにしては、手だって汚れてない。
「勝手にビール飲んだのは俺。ごめんな」
「……もしかして、手間、かけさせた?」
「ちょっと」
「す、すまん……」
深々と、頭を下げてしまった。
しかし、目測を誤りすぎて、力石の太ももに頭をくっつけてしまう。
慌てて離れようとした後頭部を、ぐっと抑えつけられてしまった。
力石の手が重い。
「これで許す」
「へ?」
「隣に潜り込んでもいいかなとは思ったんだけど、本郷さん、両手両足伸ばしてて……」
クスリと、力石が笑う。
思い出し笑いは助平者のする事だ、とは、さすがに今は言えない。
「俺、大の字で眠る人って、初めて見たかもしれない」
「……ああ、そうかい……力石の初めてでよかったよ、俺はっ……こ、こら!」
突然、髪の毛がくしゃくしゃにかき回された。
力石の指の動きが、耳までくすぐってくる。
「こい、つ! こらって!」
耳は怖い。
いつになっても慣れない。
背筋のゾワゾワする感じが、違うものに変わっていきそうだ。
「おい……力石」
「ゆっくり寝たけど、寝足りない気もする」
「俺は寝た」
「……俺は寝てない。布団では」
それを言われると辛い。
「わかった。おまえの時間の許すまで、そっちで寝てたらいい」
「本郷さんはどうする?」
「こたつの上、片付けて……こっちで横になるかな……」
力石が座布団を枕にした眠り方は、俺も時々やる。
いつもは酔っ払っても、きちんと布団を敷くけれど、そこまで出来ない夜もある。
いつだったか、嫌な夢を見て目を覚ましたら、脱ぎ捨てた靴下が顔のそばにくっついていた。
それは、力石には言わないことにしよう。
「片付けは手伝うよ。そこだけなら、すぐだろ?」
「おお。ありがとう」
力石は本当に気のつく男だ。
食べて飲むだけじゃなく、きちんと片付けのことまで考える。
「それじゃ、先にこっちで眠ろう」
「へ?」
ぐっと手を引っ張られて、なすすべもなかった。
転がって、見上げた力石は、完全に目を覚ましている。
「ちょ、ちょっと……想定外……」
「俺はそうでもないけど?」
唐突に、窓の外でスズメがけたたましく鳴き出した。
「ほら、力石、スズメもやめろって言ってる……」
「違うよ、本郷さん。もっとやれって、けしかけてるんだよ」
「勝手な解釈するなよ!」
笑いながら首筋をくすぐられると、力が出なくなる。
「力石、腹が……腹がへった!」
「後で」
「今食べないと死ぬ!」
「……死なれると困るけど……少し、つきあってくれよ、本郷さん」
そう言って、少しで終わったことのない力石に、名前を呼ばれるだけで力が抜けていく。
認めたくないけれど、とてもいい響きだ。
くそ。
気持ちがよすぎる。
「力石……」
「ん?」
「おはようだ、こいつ!」
力石の動きを封じるために、両手を伸ばして抱きついてみたのに、それは全く役に立たない攻撃方法だった。