何の変わりもない、一緒に食べてる二人、ですが、違うのは朝。
新しいシリーズに合わせて、ちょっと妄想してみました。
それにしても、一緒に食べる朝食って、すごくいいよ……
ようやく朝が動き出した。
今朝は少し眩しい。
パーカーのフードを深めにかぶって、歩いていた。
「あれ……?」
まだ眠っていてもおかしくないだろう時間に、まっすぐ背筋を伸ばして歩く、本郷さんの姿を見つけてしまった。
そういえば最近は、朝にもよくすれ違う。
約束もしてないのに出会うとは、いつだって不思議でたまらない。
「ぬ? 力石……か!」
「おはよう、本郷さん」
昨夜は会わなかったと思うと、何やら本郷さんの生活に踏み込んだ気がした。
もしかして、いい事でもあったんじゃなかろうか、なんて。
そんな事を問いただすほど、俺は無粋でもない。
「……力石よ、今、帰りか?」
「違う。今から出かける」
「そうか、俺もだ」
「へえ、本郷さん、帰り道かと思った」
今朝は、朝食の時間が重なったのだ。
向かう方向で、同じ店を選んでいたのが分かった。
なんとなく並んで、店を目指す。
「帰り道って、俺?」
本郷さんが、前を見たまま俺に問いかける。
人の目を見て話す本郷さんが珍しい。
「ああ。何か本郷さん、いい事でもあった朝なのかなって。朝帰りってヤツ?」
「……そんなのあったら、こんな時間に歩いてない」
「なるほど……」
確かに。それならまだ眠っていてもおかしくない。
本郷さんの言葉に、なんとなく安心してしまった俺は、心が狭いのだろうか。
「俺の事よりも、力石こそ、なんか、早すぎるんじゃないか? 朝帰りは、そっちの方……」
「本郷さんと同じ言葉を返すよ」
うむ、と頷いた本郷さんが、握りこぶしを固めたのを見た。
店内は、すでに数人が、朝食を楽しんでいた。
無言で殺伐としている朝ではなく、料理の匂いと店の雰囲気から、穏やかで落ち着く雰囲気に包まれている。
ここはいい店だ。
「ここはいい店だな」
俺が今考えていたのと同じ事を、本郷さんが呟いた。
偶然に、思わず吹き出してしまう。
「ぬ? 何だ?」
「何でもないよ」
「笑ったじゃないか」
「……朝から本郷さんといるのが不思議だからだよ」
「まあ、そこは俺も、だな」
そういえば、本郷さんは、帰って来たのか、出かけるのか、目の前に座る姿からは想像もつかない。
俺だって、本郷さんからしたら同じなのかもしれないけれど。
「知ってるか、力石。早起きは三文の徳って言ってな……」
「あ。俺、本郷さんは、三文の徳よりも、朝寝を取る方だと思ってた」
「ムムムのム……」
唸る本郷さんを見つめていると、俺の方こそ、昨夜、本郷さんと一緒に過ごしたんじゃないかと思えてくる。
相手が本郷さんなら、すごく楽しいだろう。
一晩中飲んで、食べて。色々飛んでいく話を追いかけて。
近いうちに一度、試してみたいかもしれない。
「本郷さんって、朝はご飯? パン?」
「ん? 俺はどっちもいくなあ……今朝は腹が減ってるから、米と飯」
「なるほど……って、それ、どっちもご飯だろ」
「お? 分かったか。俺の渾身のギャグ」
「何が……」
朝からギャグを言った本郷さんは、すっかりご機嫌だ。
楽しそうに輝く表情が、実にいい。
言われて、本郷さんのメニューを見た。
確かに、朝から食べ応えのあるどっしりとした品が並んでいる。
これだけで、本郷さんの体調が万全だとわかる。
「力石は?」
「俺?」
「おまえの方こそ、朝は……寝てそうだけど……」
「そんな事はない……」
ちらりと、本郷さんと視線が合う。
朝、眠っているお互いの姿を、同じタイミングで想像してしまった。
「……力石は、眠るのか?」
「眠るよ、普通に」
「へえ……不思議」
そう呟いて、本郷さんは卵焼きを頬張った。
途端に嬉しそうな顔になる。
卵焼きが美味かったのだ。
わかりやすくて、俺も食べたくなってくる。
「不思議?」
「なんとなく、力石は座ったままで、絶対に寝ない気がしてた」
「……どんなイメージだよ?」
俺の方こそ、本郷さんが不思議でたまらない。
早い朝から、トレンチコートに帽子で、きちんとした格好なのだ。
どれだけ几帳面な生活をしているのだろう。
「ん……まあ、そういうイメージ……」
「ふうん……」
俺はすっかり、本郷さんに見とれていた。
気づかれないように、そっと卵焼きに手を伸ばす。
「美味いか? 力石」
「ああ。美味しい」
何やら本郷さんが、小さく握りこぶしを固めている。
俺だけが気付いたのかもしれない。最近の本郷さんのくせだ。
「何だ?」
「いや、力石よりも先に美味いのを食べたと思って……」
「俺、この店、何度も来てるんだけど……」
「へ?」
今の、本郷さんの悲しそうな顔ときたら。
悲しくなる意味がわからないけれど、大げさに眉が動くのは見ていて飽きない。
「そ、そうか……何度も、ね……」
「今朝は、本郷さんとご一緒出来て、嬉しいよ」
「……俺も、だ」
大きく頷いて、本郷さんがタクワンをかじった。
いい音がする。
「タクワンって、音も美味しいよな」
「おお。タクワン、いいよ。夜のつまみにかじるのと、朝ごはんでかじるのは、全然違うし」
「ここのは自家製で、特に美味い」
「……おお……」
本郷さんの不思議に変わる表情がたまらない。
俺も食べたくなってくる。
「なんだか、今朝は、本郷さんが食べてるのがすごく美味しそうだ」
「……え?」
「いいメニューだな。俺もお代わりしようかな……」
「そ、そう? そうだろ? そうに決まってるだろ」
おかしな事を言ったつもりは全くなかったけれど、本郷さんの表情が、とにかく明るくなった。