「38 □ 鍵」の続き……というか、流れの話になったので、力本です。
やや捏造ありですが、謎は謎のままで(笑)
ついでに、お互いに持ち歩いていた図を想像すると、力石の方が愛深い!
今夜も会わないだろうと思っていたら、ばったり力石に出くわした。
シメのラーメンでかぶるとは、よくよく俺たちも出会う運命にあるらしい。
「そうだ。力石、土産だ」
「え?」
「名古屋だけど、ちょっと行ってたんで……まあ、取っといてくれ」
しばらくぶりの遠征では、ずっと力石を忘れる事がなかった。
美味い酒を飲んでは力石。
食べ物が美味すぎても力石。
ヤツに教えてやりたいぜ、と、何度も繰り返していたのは、酔いのせいだったのか。
帰りにふと覗いた土産物屋で、気がついたら買っていた。
この時は、完全にシラフだったから、俺は俺の意思で、力石を忘れてなかったのだ。
「開けてもいい?」
「おお」
包みを開ける力石の手が、やけに丁寧だ。
こんな物、バリバリ破って、ゴミ箱に捨てたらいいのに。
「……手羽先の、キーホルダー?」
「どうだ、食いたくなるだろ」
食べることの出来ない食品サンプルに、あまり興味はなかったけれど、これは実によく出来た手羽先だった。
見ているだけであの味を思い出す。
ビールに合わせると完璧だ。
そして、名古屋で食べると一味もふた味も違う。
力石のことだから、きっと名古屋に行ったことがあるだろうし、手羽先だっていくらでも食べているはずだ。
本場の手羽先が急に食べたくなったら、このキーホルダーを見て、食欲を癒せばいい。
なんて理由で選んだ俺は、とても優しい男だ。
「ありがとう、大事にするよ」
曇りのない笑顔で、力石が俺を見た。
これは、勝ちとか負けではない。
単純に俺も嬉しくなってきた。
「おお」
「……俺も、実は、本郷さんに土産があるんだ」
「へ?」
どこに隠していたのか、力石が大きな包みを差し出して来た。
「俺に?」
「ああ。俺は東北の方に行ってて……」
「東北?」
目玉が飛び出るかと思った。
包みを開けると、四合瓶が姿を現した。
こっちでは手に入りにくい、最高に美味い地酒だ。
魚の味が口の中に広がっていく。
「お、おい、これは……」
「ちょっと難しかったけど、意外と買える物だった」
「……いいのか?」
「勿論。本郷さんのために買って来たからね」
顔が、青ざめていくのが分かった。
なぜ俺は、こんなオモチャみたいなキーホルダーがいいと思ったんだろうか。
力石のように、酒にすればよかった。
名古屋にだって、いい酒がいっぱいあったはずなのに。
「ああああ!」
頭を抱えて叫んでしまった俺に、力石が手を伸ばして来た。
そっと背中を撫でられる。
今の俺には、ちっとも嬉しくない。
「優しく……しないで……」
「何? どうした?」
「情けない……なんで俺は、こんな、誰も買わないようなブツを……」
酒瓶と、手羽先のキーホルダーを見比べて、力石が笑う。
今となっては、その笑いが俺の心に突き刺さる。
もっと、見下すように嘲笑えばいいのに。
そうすれば俺も力石をもっと憎めただろう。
多分、憎んでも、一緒に飲み食いはするんだろうけど。
「本郷さんさ、俺の事を考えて、買ってくれたんだろ?」
「おお……モチのロン……」
ポケットから鍵を取り出した力石が、俺の手羽先をくっつける。
ダサい。
たとえ俺の物じゃなくても、ダサすぎて死にそうだ。
力石は、嬉しそうに指先で撫でて楽しんでいる。
その鍵を見て気がついた。
「……あれ? 鍵って、二本もつけてるのか?」
「え?」
「力石よ……悪い事は言わん。スペアは別にしとかないと、一緒に持ってると失くした時、大変だぞ」
「……こっちは、本郷さんちの」
「へ?」
忘れていた。
そうだ。俺は、力石に、俺の家の鍵を渡していたのだ。
「困った本郷さんだな。こんな大事な事、忘れるか?」
「す、すまん! あまりにも動揺しすぎて……」
「動揺? する事ってあった?」
「言わせないでくれ……」
ちらりと、力石の顔を見た。
いつも以上に嬉しそうに笑っている。
そのまま見ているだけで、俺の絶望はゆっくりと落ち着いていく。
手羽先でも、よかったと思えるほどに。
「その酒は、本郷さんのために買って来たんだけど……一口くらい、味見させてもらおうかな」
「一口と言わずに……一緒に飲むか」
「いいのか?」
「俺んちでいい?」
「勿論だよ」
俺の背中を撫でていた手が、軽く肩を抱いてきた。
まだ介抱されるほどは酔ってない。
「ちょっとタンマ」
「え?」
「飲むのはいいんだけど、こんな美味いの、シメの後で飲むのはもったいない。改めて……こいつをメインで飲もうぜ」
力石の手は離れない。
「今夜は……まあ、このまま、一緒に帰っても、いい、かな……」
ぐっと込められた手の力に、力石の答えを聞いた。