たまにはエロくない力石と本郷さんで。
心ゆくまで飲んでる本郷さんを、ゆっくり見てる力石のこの包容力というか……格好よさというか……
あ、本郷さん格好いい祭り中だったのに?です……
「なあ、力石よ。今夜の熱燗、本当に美味い……」
今来たばかりの俺は、おしぼりで手を拭きながら、そっと本郷さんの顔を見つめる。
いつもより少し赤いかもしれない。
「もしかして、今夜って、俺が来るまでに随分飲んでた?」
「そんな事はない。普通だ、普通」
「……そうか」
そうは言っても、もうすでに徳利は二本倒れている。
倒れているという事は、中身は空という訳で、俺がこのテーブルにつく前に、誰かと一緒じゃないのなら、全ては本郷さんの腹の中に収まっているのだ。
まあ、二本くらいじゃ、泥酔にもならないだろう。
「もらうよ」
「おお」
立っている徳利をつまんで、自分のお猪口に注ぐ。
微妙な残りだと思った燗酒は、ちょうどいい量で俺の物になった。
今夜最初の酒だ。
「表面張力」
「え?」
「おまえは、ぎりぎりに注ぐの、うまいな」
不思議な褒められ方をしてしまった。
お猪口でもコップでも、表面ギリギリまで注ぐというのは、一時期俺のブームだった。
真剣に注げば注ぐほど、溢れることが多い。
心を無にして、息をひそめたら、気持ちがいいくらいギリギリまで注げる。
コツらしき物は掴んだような気がしていた。
「本郷さんは?」
「あ、俺、ダメ。すぐにベシャベシャにしちゃう」
「ハハハハ、なるほどね」
簡単に想像できる。
酔ってない時ならいざ知らず、今のこの手先では、ふらつく方が大きくて、うまく入れられるわけがない。
本郷さんはすぐに酔う。
その酔いは、基本人に迷惑をかけるものではなく、あくまでも自分のスタイルの延長らしい。
楽しく飲んで、美味しく食べて、時々謎な唸り方をして。
本郷さんくらい見ていて楽しい人はいない。
よく、出会えたものだと思う。
「熱燗、どうぞ」
「あ、すいません」
俺の注文した酒が来た。
「おっ、力石も熱燗か」
「本郷さん見てると、飲みたくなってくるからな」
うむ、と何やら偉そうに頷く本郷さんを見ながら、今からが俺の酒だ。
「本郷さん、先に飲む?」
「……あ、表面張力、試させてくれ」
「大丈夫か?」
「見せつけてやるぜ」
得意げな顔で、本郷さんが徳利をつかんだ。
小さく息を吐いて、そっとお猪口に傾ける。
「……よ、し!」
「うまい」
いつ溢れてもおかしくない。
艶やかに光る水面が、より酒に旨さを与えているようだ。
最後の一滴。もう最後の一滴。
丁寧に、本郷さんは注いでいる。
「これをだな……持ち上げるのは無理だから、口をこう……」
「あっ、危ない」
注ぐまではうまく出来た。
それなのに、一番肝心の飲むところで失敗した。
近づけた口唇が触れる瞬間、多分、鼻息で揺れたのだ。
少しだけ、酒が残念に広がる。
「うおお、もったいない!」
「おい、本郷さん!」
ゆっくりとすすっている本郷さんは、テーブルにキスをしているようにしか見えない。
なんだか、とてもエロチックだ。
「こぼしたのは拭いたら……」
「ん……拭くけど……」
テーブルに顔をくっつけたまま、俺を見上げる。
「本郷さん……本気で酔ってるな」
「だってな、もったいないオバケが出る」
「……へえ。そんなオバケがいるんだ」
「えっ、もったいないオバケを知らないのか?」
もったいないは普通に使う。
けれど、そんなオバケがいるのは、今初めて知った。
テーブルからゆっくりと離れた本郷さんの、残念そうでいて、でも輝く瞳には、なんの意味があるんだろう。
「そうかそうか、力石が知らないってのは、なかなか魅力的な響きがあるなあ」
我慢して、嚙み殺そうとしている笑いが、漏れ出してくる。
もったいないオバケとやらが、ここまで本郷さんを、楽しませる事だったとは。
「そりゃ、いっぱいあるよ。俺、不勉強だから」
「おいおい、普段は、俺よりも知ってるじゃないか」
「そうだっけ? 俺、あまり知らないよ」
「嫌味だ、それは」
嫌味なんて言った覚えがないけれど、本郷さんは口をとがらせて、可愛いとしかいいようのない顔で怒っている。
「本郷さん、お酒、注文し直す?」
「お猪口に残ってるの、飲んでから」
「ああ、そうだった」
こぼしたのは、本郷さんが注いだ分で、徳利の中身は、まだ飲まれるのを待っているのだ。
俺が見惚れる指先が、そっとお猪口をつまんで、口元に触れたと思った瞬間、すっと飲み干した。
本郷さんは、仕草が格好いい。
「俺が酔ってたせいで、酒には悪い事をした。せめて飲めるだけは全部飲んでやらないとな」
この深い思いやりも、本郷さんのいい所だ。
俺もつられて、ゆっくりと飲み直す。
本当に、美味しい熱燗だ。
時間をかけて、本郷さんと楽しみたい。
「じゃあ、丁寧に酒を飲んだ本郷さんは、俺が丁寧に送ってあげるよ」
「どういう意味……」
「もっと飲んでも大丈夫って話」
「え? ほんとに? 俺、飲むぞ?」
「いいよ」
表面張力の輝きよりも、今の本郷さんの笑顔が輝いていた。