本郷さん格好いい祭、開催中なんですが、ここしばらく、全然格好よくないのが悩みの種です。
おかしい……格好よさを注いでいるはずなのに、かわいい……(自分比)
ちょっと密着してるのが多かったので、久しぶりに普通に飲んでる感じで。
「休みだ、休みだぜ!」
嫌な仕事が終わった開放感で、うっかり叫んでしまった。
ただでさえ少ないのに、ちらりと、行き交う人に見られてしまう。
不審すぎる俺だ。
「……いや、まあ……」
思わず帽子を深くかぶって、意味のない隠れ方をする。
ゆっくり離れて、そこに俺がいなかった風を装った。
しばらく、とても忙しかった。
こういう時が、たまにある。
「そういや、力石に会ってないぞ……」
十日か、二週間か。
それまでは、三日をあけず顔を合わせていたから、なんだか不思議な気分になってきた。
「力石のいない戦いか……」
それは、戦いと言っていいのだろうか。
いや、俺はいついかなる時だって、食に対しては戦いを挑むのだ。
力石のいるいないなんて、全く関係がない。
「……けど、まあ、ヤツの事だから、元気にしてんだろうな、きっと」
ふと見上げた先に、俺の大好きな看板が見えた。
「おお! 銭湯か、いいジャン。そうだ、せっかくだから、ここで贅沢していこう」
吸い込まれて当然だった。
時間的にも、まだそんなに人はいないかもしれない。
まさに贅沢な時間を過ごせる。
足取りも軽く、銭湯に吸い込まれた。
「いい湯だ……」
手足を伸ばしても、何の問題もない。
こんなにも気持ちよくて、広い風呂に、誰もいないのだ。
いや、向こうの隅にジイサンが一人いる。
それだけ。
ここもう、俺の銭湯って言ってもいいかもしれない。
「力石は、若いから、こんな所、知らないんじゃないかなあ……」
そう考えると、嬉しさにも拍車がかかる。
力石の知らない贅沢を、俺は知っているのだ。
今まで気づかなかったけれど、これは貴重な俺の勝ちではなかろうか。
ザブリと浸かった湯の中で、誰もいないから、気にせず大股開いてみる。
澄んだ湯に揺らめいて見える、俺のモノも、実に幸せそうだ。
「……金玉も喜んでら」
こんな独り言を言っても、気にする必要がない。
「マジで、銭湯最高!」
「兄さん、ゴキゲンだね、お先に」
隅にいたとばかりに思っていたジイサンが、俺を覗き込んで、出て行った。
急に恥ずかしさがこみ上げてきたけれど、今度こそ一人だ。
次に孫を連れたジイサンが入ってくるまで、俺は何も考えず、とにかくのんびりしていた。
「風、気持ちいいねえ……」
くにゃくにゃになりそうな足腰に力を入れて、銭湯を出た。
こんなにも気持ちがいい場所があるのに、知らない人間が多いのは勿体無い。
力石だって同じだ。
いや、今日のところは、俺だけの贅沢という事で、ゆっくり堪能出来た銭湯に感謝しておこう。
「さて。何を食べるとするか……」
身体の気持ちの良さは、胃袋まで満足しているような気になる。
今足りないのは、キュッと飲み干せるビールだ。
銭湯帰りには、あの泡が、一番似合う。
「ビール、ビール……あ、あののれん!」
俺好みののれんが、ビシッと胸に響いた。
漂う匂いは、俺の鼻から掴みにくる。
確実に、焼き鳥が俺を呼んでいる。
今は、美女の甘い声よりも、時代を感じるのれんと焼き鳥の匂いが、いい。
最高にいい。
「よし。あそこに決めた」
もしかしたら、今夜は俺の人生の中でも、一位二位を争う最高の陣立が出来るのではなかろうか。
こみ上げてくる笑いを、抑えることが出来ない。
「こんちは……」
入口の扉を開けて、狭い店内に身体を押し込んだ瞬間、今までの高揚が一瞬で萎えていくのがわかった。
カウンター席に、見覚えのある姿がくつろいでいた。
「あれ、本郷さん」
「り、き、いし……」
「珍しいな。こんな所で会うなんて」
「そ、そう……久し振りだな」
「本当だ。しばらく会ってなかったな」
手招きされて、吸い寄せられた。
力石の隣に、くっつくように腰を下ろす。
「本郷さん、なんか温かい……外、そんなに暑かったっけ?」
「いや、銭湯帰り」
「ああ、あそこの銭湯か。いいよな」
「え、力石、銭湯行くの?」
「今日は寄ってないけど、たまに。あそこからここへの流れ、贅沢だよ」
俺と同じだ。
贅沢まで、力石に奪われた。
愕然として、頭が下がる。
「本郷さん、ビールだろ?」
「お、おお……飲む」
「すいません、ビールください」
店主の返事が聞こえる。
俺はまだ、顔をあげることが出来なかった。
「本郷さん? ここさ、焼き鳥が美味くてね……」
「……焼き鳥、食べる……」
俺の見つけた店だったのに。
力石は、通い慣れた風に、注文を入れる。
「俺、今さっき来た所で。ちょうどいいから、一緒に食おう」
「おお……」
「どうした? 元気ないけど。銭湯、よくなかった?」
「……よかった。金玉も伸びた」
「それはよかったな」
俺の渾身の下ネタを、力石はクールに流した。
格好悪すぎる。
「はい、ビールどうぞ」
「あ、どうも。本郷さん、来たよ。乾杯しようか」
「お、おお」
輝く黄金のビールと、絶妙な比率の泡が、俺から嫌な気分を忘れさせてくれた。
飲めば、元の俺に戻るだろう。
「よし! 飲むぞ」
「あ……」
コップを掴んだ俺は、乾杯しようと待っていた力石の存在を一瞬忘れて、ぐっと一気に飲み干してしまった。
「あっ! すまん、飲んじゃった……」
「ハハハハ、いいよ。すでに俺も飲んでるし」
「じゃあ、今から。もう一回やろう」
今の俺は、力石にお預けを食らわせてしまった。
全く悪気はなかったけれど、何やらいい気分だ。
ソツのない力石が、ビールを注いでくれる。
泡の少ない、いい注ぎ方だ。
「おまえ、ビールの注ぎ方、うまいよな」
「ほんと? 本郷さんに褒められるのは嬉しいな」
俺の方が有利。
なんだか嬉しくなってきて、改めて、乾杯した後、じっくりとメニューを見る事にした。