日々の積み重ねですが、うっかり寝そうになる危険は、どうにか回避したい。
寝そうな時ゆえに、変な展開になった気がします…今日の反省。
正直なところ、力石がいつから俺の家にいるのか、もう思い出せない。
大晦日……にはもういた。
クリスマスのあたりにもいて、一緒に祝った気もする。
そういえば、ハロウィンに、力石が実家からもらって帰ってきたかぼちゃの煮付けを食った気もする。
ずっとべったり一緒にいる訳ではなく、当然お互いに仕事に出るし、外で食べて来る時もある。
力石は自分の家に帰る日もあり、実家に甘えに帰る夜だって……甘えは俺の想像だけど。
「力石は、俺の何だろうな……」
朝、半分寝ぼけながら顔を洗った。
そのまま歯を磨こうと、洗面台に目をやって、手が止まった。
歯ブラシが二本ある。
力石はここに住んでいるようなものだから、歯ブラシがあって当たり前だ。
ただこれは、力石が持ってきた物ではない。
「……これ、確かに俺が買った……うん」
俺のは渋い男の魅力に溢れた濃い茶色の大人っぽい奴。
力石のは、たまたま色展開の多い一本の中から見つけた、グレーの固め。
メーカーも種類も一緒だ。
一緒だけど、俺の方が格好いい。
「グレーの歯ブラシなんざ、見た事ないもんね! 見た事ないから、買って帰っただけだもんね!」
「それを言うなら、茶色の歯ブラシだって、あまり見かけないぜ」
いきなり背後から声をかけられて、死ぬほど驚いた。
歯を磨いていたら、歯ブラシを噛み割ったかもしれない。
「な、何……力石……さっきまで寝てた、ろ?」
「おはよう、本郷さん。あんまり遅いから倒れてるのかと思ったぜ」
「倒れるほど、昨夜は飲んでない」
「まあな」
俺の背後から手を伸ばして、力石も歯ブラシをとる。
「ぬ? もう歯を磨くのか? 俺、ちょっと代わる……」
「大丈夫。邪魔にならないようにこっちにいるから」
洗面所は狭い。
俺一人、力石一人だと何の問題もないけれど、二人揃うと途端に狭くなる。
腕がくっついて、朝から恥ずかしくなるのだ。
そして、力石は歯を磨く姿も格好いい。
一度、力石がどんな風に歯をみがくのか、横目で見続けた事がある。
あまりにも真剣に見すぎて、目が痛くて涙が出た、悔しい思い出だ。
まっすぐ鏡を見ながら、几帳面に歯を磨く力石は意外だった。
もっと適当に、三こすり半くらいで口をすすぐのかと思っていた。
「おっと、朝から下ネタはハレンチだぜ」
「どういうの?」
「教えん」
「歯ブラシになりたい、とか?」
「へ? なんで?」
ちらりと俺を見て、力石は先に口をすすいだ。
喉を鳴らして、口の中を洗う。
これだけ綺麗に歯を磨く力石に、虫歯はないだろう。
「おい力石、歯ブラシになってどうするんだ? くすぐるには痛いぞ?」
「……マニアックだなあ……」
「おまえが言い出したんだろ!」
歯ブラシを持って人と争ってはいけない。
大きな怪我をする、と、子供の頃、嫌になるほど親に叱られた。
普段なら力石を叩くタイミングだけど、叱られた声が耳の奥に残っていて離れない。
こやつ、命拾いしやがったぜ。
「もしも俺が歯ブラシになったら、本郷さんの虫歯を追い出してやるよ」
「お、そいつはいいな。普通に頼みたい……」
「じゃあ、今から本郷さんの歯を磨かせてくれる?」
「冗談だよ!」
子供向け番組で、歯を磨いた子供の仕上げを親がやるみたいな状況だ。
粋で格好いい俺が、まさかそんな事はできない。
「本郷さんって虫歯ないんだろ?」
「ああ、ピッカピカのピカだ。歯は大事だからな」
「なるほど。タコとかちゃんと嚙み切れるもんな……」
力石に言われて、口の中がタコでいっぱいになった。
「オヤジさんの屋台のおでん。あのタコは固かった……思い出しちゃったよ……」
「俺も」
「おでん食べたい」
二人で同時に呟いていた。
朝から歯を磨きながら言う言葉じゃない。
「今夜、行く?」
「いいねえ。久し振りだ。後で時間決めよう」
「オッケー!」
グレーの歯ブラシをきちんと洗って、力石はお先に、と言った。
途端に洗面所が広くなったものの、何か足りない違和感が残る。
「あ、俺、歯を磨くの忘れてた……」
今日のも、力石に見とれていた側に持ってきていいのだろうか。
「くそ…力石の歯ブラシめ……」
八つ当たりのバチでも当たったのか、ぐっと歯ブラシを口の中につっこみすぎて、咳き込んでしまった。