原作でも普通に待ち合わせしているオジサンと青年。
なかよしすぎる!
時間はもう適当なところで……
「力石! 今日の待ち合わせは絶対に、絶対に遅れるな! お主、一度も俺より先に来てた事がないぞ!」
出かけに本郷さんが何度も念を押してくれた。
今日は、昼ご飯を一緒に食べる。
昨夜、入念な打ち合わせをやった。
とんかつにするか、カレーにするか。
今回は本郷さんオススメの店だ。
「わかってるよ……十二時な」
「十一時五十分! 俺はそれよりも三十秒は前に着く」
「ああ……」
「二度寝するなよ」
本郷さんの布団は寝心地がいい。
眠くなくても眠らされる。
匂い、だろうか。
加齢臭だと震える本郷さんの匂いを、俺はとても好きでいる。
「いいな、力石。俺、今日はちょっと連絡がつかんのだ」
「大丈夫。ちゃんと行くよ」
「うむ……」
気ぜわしそうに、本郷さんは出かけて行った。
俺は今日、たまたま休みを取っている。
本郷さんちでのんびりおでんでも煮込もうと思っていたのだけど、外で待ち合わせるデートは久しぶりだ。
嬉しくて、昨夜はうっかり寝過ごしてしまった。
しばらく起きていた俺を、本郷さんは気づいてないはずだけど。
「……本郷さんの声は本当にいいなあ」
朝から大騒ぎされても、不快に思った事がない。
ずっと、ずっと聞いていたい。
時々、頭を叩かれたりするタイミングが絶妙で、そのまま叩いていて欲しい、なんて思う。
別に俺は変態でもなんでもなく、ただ本郷さんが好きなだけなのだ。
好きな人には、ずっとそばにいてもらいたい。
声も聞いていたいし、触れられてもいたい。
本郷さんだけにそう思うのだけど、うまく通じているのかは不明だ。
「……起きるか……」
時計は八時。
休みの日に起きる時間じゃない。
けれど、もうひと眠りしたら、時間通りに起きられる自信はない。
「言われてみたら、いつも俺が遅れて行くっけ……」
中央線で事故があって。
何度そう言ったっけ。
あれは嘘でもなんでもなく、本当に遭遇したのだ。
本郷さんと待ち合わせている時に限って。
「今日は中央線を使わんから、大丈夫なはず」
本郷さんがずっと使っていた時計を掴む。
見やすい文字盤と、うるさすぎない目覚ましの音。
どのくらい、本郷さんを起こして来たのかと思うと、ほんの少し嫉妬してしまう。
まあ、俺に目覚ましの代わりは出来ないけれど。
「これからは、俺も一緒に起こしてください」
そっと時計を枕元に戻して、布団に潜り込む。
……
……
「ヤバイ……!」
一瞬の眠りだと思っていたら、三時間たっていた。
これには自分で驚いた。
「また本郷さんに怒られるな……」
勢いをつけて、布団をあげた。
毎朝、半分眠っている俺を押し出して、本郷さんは布団をあげる。
あの几帳面さは見習いたい。
「シャワー浴びて、コーヒー飲んで……時間、大丈夫かな」
本郷さんと違って、俺は一人だと風呂の時間が短い。
歌うわけじゃなく、眠るわけでもなく。
風呂場で軽く響く本郷さんの声は、こもる色気が半端じゃない。
「今夜、本郷さんと一緒に風呂にはいるのもいいなあ……」
あっさりと頭を洗って、支度を整える。
「……あれ? これ、どこのタオルだ……?」
よく見たら、温泉の名前が書いてあった。
温泉に行くと、土産にタオルを買うのが楽しい、って言ってたっけ。
持って帰るんじゃなくて、きちんと買うのが本郷さんらしい。
「温泉もいいなあ……検討するか」
俺は、時間にルーズなんじゃない。
気がついたら、時間がすぎているだけだ。
「おおお遅い! お主、事故にでも遭ったのかと心配したぞ!」
「ごめん、出掛けに階段で転びそうになってさ」
「なぬ? 怪我はないのか?」
「大丈夫」
嘘ではない。
酔っていても落ちるような階段ではないけれど、さすがの俺も慌てていたようだ。
ほどけた靴紐に、階段を降りる前に気がついた。
奇跡的にも、少し遅れた程度の遅刻でたどりつけた。
三時間も二度寝していた事は、いつか謝ろうと思う。
「開店してる?」
「さっきな。一番乗りじゃなかったのはアレだが、まあまだ余裕の範囲だ」
「すまん」
トレンチコートに身を包んだ、どこから見ても格好いい人が、俺を待っていた。
「すごい贅沢……」
「何が? カレーがか?」
「まあね」
「今日の店のは最高にうまいぞ」
外で聞く本郷さんの声もいい。
並んで、店に入った。
楽しみなカレーが、とことんまで楽しみになった。