今夜ものんびり楽しそうにしてます(多分)
昼から時間が空いた。
以前なら、あちこち店を探して食べに行くという選択肢があったけれど、今日は本郷さんちに帰る。
たまには俺が晩ご飯を作るのも悪くない。
作る物は決まっていた。
昨夜、夜中に寝言で本郷さんが呟いたのだ。
「おでん……」
と。
あの甘い声で聞いてしまうと、俺にも食べたい気持ちが移ってしまった。
たまたま水を飲もうと起きたのは幸運だった。
おでんは作る楽しみがある。
(今夜はおでんにするから、楽しみに帰ってきたらいいぜ)
本郷さんに簡単な連絡を送り、材料を買い込んで帰った。
美味い屋台のおやじさんの味には遠く及ばないけれど、こたつに入って熱燗を舐めながら少しづつ食べるおでんなら、俺にも出来る。
変わり種は入れない。
あくまでもシンプルに。
「……本郷さんは、ちくわぶ好きだったよな。あれは外せないか」
俺はあまり食べないけれど、本郷さんは嬉しそうに星型の穴を覗き込む。
そして、からしをつけすぎて叫ぶのまでが、おでんを食べる時の流れだ。
俺も、あの星型から本郷さんの顔を覗いて見たいものだ。
あとはじっくり煮込むだけ、の状態にして、のんびり部屋で転がる事にした。
うっかり居眠りしないように、本郷さんがとにかく大事にしている雑誌の山を眺める。
エロサイターという名前は知っているけれど、あまり読んだ事はない。
「どこに本郷さんの心をがっちり掴む要素があるんだろうなあ……」
適当に取った一冊をパラパラめくってみる。
ヌードのグラビアなんて、どれを見ても一緒だ。
真剣な目で、穴があきそうなくらい堪能している本郷さんの顔を見ている方がよっぽどセクシーな気がする。
触れる事が出来る本郷さんが一番いい。
「……誰が一番エロいんだか……」
呟いて、一人で笑ってしまう。
けたたましい音がして、入り口のドアが開いた。
本郷さんが飛び込んできた。
「本郷さん、おかえり……」
「あっ! しまった……すまん!」
俺を見た本郷さんは、慌てて出て行ってしまった。
帰ってきたのに、意味がわからない。
「どした?」
こたつから出て、追いかける。
ドアの外で、本郷さんは所在なさそうに立っていた。
「何かあったのか?」
「いや……お主……あれ?」
「何?」
「俺の秘蔵のエロサイターで……たまらなくなって抜いてたんじゃ……」
力抜けそうになった。
普通に雑誌を読んでいただけなのに、本郷さんにはどんな姿に見えたのか。
「そんなの勿体ない。本郷さん帰ってくるまで残しておくよ」
「……残すって、何を……」
「俺のエロい成分……」
大きく広げた本郷さんの手が、俺の口を塞いだ。
冷たい手だ。
つい、舐めてしまった。
「こ、こいつっ!」
飛び上がらんばかりに、俺から手を離す。
動きが大きな本郷さんは可愛い。
「俺の手は、食べる物じゃ、ぬ!」
「……食べてない。舐めただけ」
「ムムムのム……ハレンチに代わりはない気がするんだが……」
本郷さんが勘違いしただけだ……と心の中で呟きながら、一緒に部屋の中に戻る。
「あ、おでんの匂いがする」
「本郷さんを待ってたからね。ちくわぶも忘れてないぜ」
「ほんと?」
途端に、本郷さんの口元が緩む。
「じゃあ、さっそくいただくとするか」
「酒の用意するよ」
「あ、そいつは俺が」
上着を抜いで、一気に薄い体になった本郷さんが、足取りも軽く台所に向かう。
やっぱり、本郷さんがいると違う。
「おでんにしてよかった……」
「力石、エロサイター、ちゃんと片付けておいてくれよな」
忘れる所だった。
本郷さんの大事な雑誌だから、俺も大事に扱おう。
そして、本郷さんの勘違いは、改めてゆっくり解説しようと思った。