立春すぎたのに寒い〜!
本郷さんと力石くんが、風邪とかひきませんように。
「寒っ……」
駅を出た途端に寒さが増した気がした。
早く家に帰りたくて、足が早くなる。
「本郷さん、帰ってるだろうなあ……」
今夜は予定が随分食い込んで、なかなか終わらず片付かず、の一日だった。
こんな日もある。
昼すぎたくらいから、ずっと本郷さんの事ばかり考えていた。
「静かで、格好いい人だと思ったら、いきなり叫んだりするんだよな」
あと、かなりの高確率で、食事の時間帯に出くわす。
あの偶然はなんだろう。
運命の出会い、なんて洒落てもいいような気がする。
俺を見つめる視線の熱さに、感じない運命はない。
「ずっと見つめられたりするもんなあ……」
たまに視線に気がついて、こっちからちらりと見た途端、飛び上がらんばかりの勢いで視線を外す癖のおかしさ。
本郷さんは矛盾だらけだ。
そこが強烈な個性で、一度知ったら離れられない。
気がついたら、本郷さんの事しか考えてないのは俺の方だ。
ずっと見つめていたいし、ずっとそばにいたい。
酔った本郷さんを送った日から、当たり前みたいにあの家に通っている。
本郷さんしかいなくて、ずっと一人で暮らしていたあの部屋だ。
思っていた以上にすぐ馴染めた俺を、本郷さんは追い返したりしなかった。
「……今夜のビールは、腹の底から冷えそうだ……」
帰る途中のコンビニが近い。
本郷さんも俺も、買う物がなくてもふらりと立ち寄ってしまう。
「あ」
遠くから見えた。
店内に、トレンチコートの男がいる。
雑誌コーナーに立つ本郷さんは、いつになく真剣な顔をしていた。
そっと店内に入って、本郷さんに近づく。
「覚悟のヌード……またしても俺は、この単語にやられるのか!」
今日は、本郷さんの愛読誌、エロサイターの発売日だったか。
どれだけ悩んでも、結局買うのだ。
「本郷さん」
「袋とじの醍醐味は、こうやって、ちらっと見……」
「本郷さん」
「ちら……へ?」
やっと、本郷さんの視界に入れた。
俺を見た本郷さんが、声にならない悲鳴をあげた気がした。
「りりり力石、ちゃん!」
「ちゃん付けしなくてもいいのに」
「こ、こんばんは」
今夜も泊まろうかという相手に対して、ここまで動揺する必要はないのに。
変な所で律儀な本郷さんが楽しくて可愛い。
「今夜の肴?」
「何っ! べ、別に俺はさ、ちゃんと買うし。買うんだよ」
「……都内、呑んだくれスポット巡り?」
「へ?」
表紙を見て、わざと本郷さんがまだ見てないタイトルを見つける。
「さすが本郷さん。よく見てるな」
「あ……まあ、あああそうね。そうに決まってるジャン!」
「今度一緒に行こうぜ」
「モチのロン!」
雑誌を抱きしめた本郷さんの肩を叩く。
「酒でも買って帰ろうか」
「お、いいねえ。今夜は寒いからな。燗酒飲みたいぜ」
「なら、ついでにつまむ物も何か……」
一緒に並んで、あれこれ探すのは本当に楽しい。
コンビニを出たら、途端に寒さが身にしみた。
「ぬおっ! 寒すぎる!」
叫ぶ本郷さんの手を取った。
「力石……」
「手、つないで帰ろうぜ」
誰もいない。
夜空の月だって凍ってる。
こんな機会はなかなかない。
「お主がそう言うなら……」
本郷さんの手が伸びてきた。
嬉しくて、ぎゅっと握りしめる。
本郷さんちまでの、ほんの少ししか、こうしていられないのが残念だけど、今夜の寒さは俺たちに手をつなげとしか言ってない。
「力石よ」
「なんだい?」
「俺が読んでからだったら、読んでもいいぞ」
「え」
「エロサイター、読みたくてたまらんのだろ? 若いお主にぴったりの特集だらけだぜ」
力が抜けるかと思った。
本郷さんの若さにはかなわない。
「ありがとう。俺にはもっといいのがあるぜ」
「なぬ? そんなハレンチな……」
ぎゅっと、本郷さんの手を握りしめて、笑ってやった。