タイトルでオチがわかる話ですいません。
甘さちょっと多めに!
「本郷さん」
昼過ぎの昼飯タイム、珍しい所で力石と遭遇した。
当たり前みたいに向かい合わせで座って、酒を交わす。
「本郷さん」
力石が俺を呼ぶ。
なんとなくくすぐったく思うのは、これまでそんなに名前を呼ばれた事がないからだろうか。
「なあ、本郷さんよ」
「へっ?」
くすぐったくて、寝そうになってしまう。
力石の声には不思議な気持ちよさがある。
「接吻だけどさ」
接吻?
「なぬ? おおおお主っ、どこまでハレンチな……」
徳利をこっちに差し出しながら、何を言い出すのか。
もうちょっとで嬉しそうにお猪口を向けるところだった。
「ハレンチ? 接吻が? それともこの徳利が?」
手にした徳利をじっと見つめながら、力石が首を傾げる。
「そんなにハレンチ……かな?」
「……さてはお主……俺に言わせる陣立か……」
なるほど、この甘い声と堂々とした物言いで、力石は全てを手に入れてきたというのか。
「徳利は置いといて、接吻……」
「わかった。ちょっと待て、俺にも心構えをさせろ」
力石の言いたい事がわかった。
自分からの酒を受けたければ、接吻をさせろと言いたいのだ。
酒と口唇を同じに扱うとは、なんという歴戦のモテ男。
俺には、接吻という言葉を口に出す事が出来ない。
ハレンチすぎて、目が回る。
「人生色々……誰かもそう歌っていた」
「歌?」
「力石、お主は本当にモテ男だ……」
「接吻でモテた事はないけど」
「なんと!」
今、衝撃の事実を知った。
力石は、俺から見ても格好よすぎる男だ。
モテてモテて仕方のない人生を送ってきたとしか思えない男は、実は下手だったとは。
接吻が下手な力石。
恐ろしすぎて手が震える。
「……驚きの事実だ……」
「じゃあ、本郷さんは?」
「へ?」
「接吻に何か特別な思い出でもある?」
胸を撃ち抜かれた気がした。
思い出も何も、あまりにも記憶に遠すぎて、思い出せない。
「本郷さん?」
「あ、ごめん……ない事はないぜ。俺も男だからな」
「オニの役でもやったとか?」
オニ?
こやつ、またしてもハレンチな事を言い出した。
オニのような接吻って、どんな……。
想像もつかない。
「力石よ……お主、本気で危険な男だな。オニのようなせっぷ……」
俺をじっと見つめていた力石が、一瞬目を見開いた。
口元が、ああ、と呟く。
「本郷さん、もしかして勘違いしてる?」
「……何……」
「俺、豆まきの節分の話をしてるんだけど」
「豆……? 接、吻……え、あ? 節分?」
節分!
突然、話が噛み合った。
焦った俺は、力石から徳利を奪って、そのまま口をつける。
「アチッ!」
むせて、咳き込んでしまった。
「大丈夫か?」
「ご、ご、ごめん……俺、酔っちゃった!」
バレバレの、酒のせいにした。
もっと他に言い方もあっただろうに。
俺のバカ。
恥ずかしくも叫んだ瞬間、力石が吹き出した。
「本郷さん、やっぱ、俺の想像の上を行く……たまらん!」
オニのような接吻も、ど下手な力石も、この世にはなかった。
笑う力石が、嫌な事全部吹っ飛ばしてしまったみたいだ。
「あらためて節分なんだけど、それを名目に、今夜一緒に飲まないか?」
最初からそう言えばよかったのだ。
力石め。
いや、聞き間違えたのは俺か。
「今飲んでるぞ?」
「改めて、約束して飲みたいんだ」
俺の勘違いを忘れたように、にっこりと笑う。
やっぱり力石は格好いい男だ。
「約束ねえ……まあ、俺はいいけど。今夜ね」
「よかった。俺、本郷さんと約束するの、すごく好きだぜ」
まだ笑いの残る顔で、力石が俺を見た。
オニのような力石の接吻……
一瞬震えが走った。
「俺も、な」
接吻ではなく、節分。
しっかりと自分に言い聞かせて、最高の笑顔を力石に向けた。