今日はちょっと寒い雨の日です。
今夜の酒と肴、本郷さんのタバコを買って帰る途中で雨が降ってきた。
天気予報は昼から雨だったから、見事に当たった訳だ。
わかっていて傘は持ってこなかったけれど、このくらいなら問題はない。
(雨の降る中を濡れて帰るなんざ、水も滴るいい男って言いたいだけだろ!)
以前、本郷さんに言われた事がある。
水が滴ると、どうしていい男になるのか。
俺と本郷さんで、何がどう違うのか。
そう問うと、本郷さんは言葉を詰まらせた。
困った顔の本郷さんも、好きすぎてたまらない。
俺からしたら、本郷さんの方がよっぽどいい男だ。
「……ただいま」
もう数えきれないくらい行き来した、本郷さんの部屋だ。
新しくはないけれど、住み心地はとてもいい。
何も考えずに熟睡出来る部屋なんて、実家くらいしか思い出せない。
「おお力石、帰ったか」
部屋の奥から声がした。
その情けない声に、買い物に出る前の状態を思い出した。
布団だ。
「ごめん、本郷さん。うっかり忘れてた」
「大丈夫なんだけど……ちょっと濡れたかも」
本郷さんが布団を取り込んでいた。
朝はとても天気がよかった。
だらだら眠っていたかった俺を、布団から転がすように起こして、本郷さんは手早くベランダに干したのだ。
「雨になるのわかってたけど、干した布団の気持ちよさは、たまらんからな」
「本郷さんと一緒に眠ってるくらい、気持ちいいよな」
「こやつ!」
意外と強い力で背中を叩かれた。
本郷さんは、照れると俺を叩く癖が出来た。
だから俺は、本郷さんに叩かれるのがとても好きだ。
「お主が出かけて、帰って来る前の……昼前には片付けようと思ってて……もうちょっと大丈夫かなと、トイレに入ってた間に降り始めた。俺の時間の読み間違いだ」
悔やんでいる顔がまた格好いい。
本郷さんくらい、何をやってもサマになる人が他にいるだろうか。
買い物に行かず、ずっと家でこの姿をみていたらよかった。
「なるほど。それでズボンのベルトがそのままなんだな?」
「ぬ!」
ベルトの先が鞭のように、腰のあたりで揺れていた。
俺から背中を向けて、ベルトをカチャカチャいわせる。
「本郷さんよ、落ち着いたらどうだい?」
「落ち着いてるよ。べ、別にパンツ見せてた訳じゃないし!」
「……本郷さん、ベルトの穴、ひとつ縮まったんじゃない?」
え、と、本郷さんがベルトと俺を見比べる。
「ちっとも変わってない!」
「そうだろうな。今の、嘘つきました」
「どういう意味だよ。俺が痩せてないのが嬉しいのか?」
「俺と一緒にいて、わかるくらい痩せる方が困る」
そっと手を伸ばして、本郷さんの肩を叩いた。
トレンチコートを着てなくて、スーツも身につけていない、ワイシャツ一枚の本郷さんに触れた。
「今の倍くらい太ってくれても、俺は嬉しいけど?」
「ダイエットしてやる……」
「そいつは困った。今夜の酒はちょっと奮発したのに」
「何?」
「肴を何にしようかと思ってたら、イキのいい刺身が入っててさ。これも奮発」
本郷さんの口元が揺れる。
肉も好きだけど、魚はもっと好きな人だ。
選びに選んでよかった。
「……ダイエットは……明日から」
「じゃあ、俺も付き合おうかな」
「お主はダメだ!」
「どうして?」
「これ以上、格好よくなったら、俺が……勝て……」
最後の言葉はうつむいて、ベルトに言ったみたいだった。
「まあ、飲んだ後でゆっくり聞かせてくれよ」
「……ったく……あ、その前に布団」
俺も忘れていた。
本郷さんがしまい込んだ布団を見たけれど、困るような濡れ方ではなかった。
多分、一緒に眠ると体温で乾きそうだ。
「……ああ、もっと湿るか……」
「何?」
「なんでもないさ」
やましい気持ちはそっとしておきたい。
今夜は酒を飲むのが一番の楽しみだ。
買った肴を冷蔵庫に入れようと、俺は本郷さんの側をそっとすり抜けた。