花見に行けないままに桜が散ってしまう…
そして、突然の寒さと強風。
なんてあたりで妄想始めたはずなのに、全然! ひとつも! 被らない話になってしまいました(本文書いてから書くべき前書きでした……)
気持ちよく飲んで、ふらつきそうになる足に力を込めながら帰る途中、力石から連絡が来た。
少し道の端に寄って足を止める。
「ラインってのは、メールと何が違うんだ?」
力石の手前、わかってないとは言いたくなくて、ごく普通に使っているように見せているけれど、実際はほとんどわかっていない俺がいる。
とりあえず、用件が通じたらいい。
スマホを開いて確認した。
(今家に着いたけど、本郷さん遅い?)
「ぬぬ……今まさに帰ってる途中だぞ」
うっかり、画面に向かって喋っていた。
声が届くわけないのは、さすがに俺でもわかる。
「文字打つの、面倒なんだよなあ……フリ……フリチンだっけ? あの入力、一生理解出来、ぬ!」
文句を言っても始まらない。
帰る途中だと打とうとした時、電話がかかって来た。
「ぬおっ!」
俺は、必ず一度はやってしまう。
通話するつもりで、終了を押してしまうのだ。
思い切り、電話を叩き切った形になった。
「今の、今のは力石だったよな?」
慌てて履歴を確認していたら、もう一度かかって来た。
いつだって、二度目はきちんと出る事が出来る。
「もしもし俺! 力石か?」
(詐欺っぽいから、笑わせないでくれる?)
電話の向こうの声が、少し柔らかい。
「すまん。俺だ」
(俺って誰だよ)
「お主な! 俺にかけて来てるんだろ!」
力石が笑う。
顔は見えないけれど、力石は意外とよく笑う男だ。
(晩ご飯、食べてると思うけど、まだ入る?)
「なんだ、そりゃ」
(夜食に美味そうなレシピ聞いてさ。軽く作るから、つきあってくれよ)
「毒味か?」
(俺が毒味するよ)
俺も料理はする。
でも、ずっと一人だったから、作るよりも食べに行った方が、手早くて安かったのだ。
作らないと腕は退化する。
今の俺は、お茶漬けくらいしか作れない。
しかし、力石は違う。
モテ男な人生を歩んで来ただけあって、女子供の好きそうな軽食も作るし、若い魔狼の胃袋を満足させるような肉系こってりの料理も作る。
「流石に蕎麦は打てない」
なんて言ってたけれど、あれは絶対に謙遜だと思っている。
(本郷さんと食べたくて、酒も買って来たよ)
「なぬ?」
そんな風に言われたら、今すぐ食べたくて踊ってしまうじゃないか。
力石は、俺の胃袋も掴んでやがる。
「わかった。もうすぐコンビニの通りに出るところだから、ちょっとしたら帰る」
(待ってるか……)
しまった。
力石の言葉を聞き終える前に通話を切ってしまった。
無情な画面に愕然とする。
スマホの通話は、力石で練習しているような物だ。
力石相手なら、どんな失敗をしても問題ない。
いつの間にか、俺は力石に気を許している。
「ぬおっ!」
不意打ちで音が響き、スマホを落としそうになった。
力石からラインが届いていた。
(酒に合う肴と一緒に、本郷さんの帰りを待ってるよ)
なんて事ないひと言が、地味に胸に響いて来た。
俺の部屋は今、一人ではないのだ。
「力石……いや、酒と肴が嬉しいんだよな。力石はおまけだ」
言葉にするのは虚しい。
足が軽くなるほど、俺は楽しみにしている。
「……土産、買って帰るか」
コンビニが見えた。
酒に合う肴があるのなら、その後で少し食べる甘味があってもいいだろう。
力石は、クールな魔狼にみせかけて、甘い物も嫌いではない。
「駄菓子みたいな定番のチョコレートで、奴をギャフンと言わせてもいいな……いや待てよ。新発売の豪華そうなスイーツってのはどうだ? まさか俺が買うとは思うまい……」
頭に浮かぶのは、肴でも酒でもなく、嬉しそうな顔で俺を出迎える力石だった。