力石の地元は埼玉なのですが、今回出てくるお酒は適当に妄想しました。
またしても変な話……だけど、甘いラブは込め……込めたけど変……
「今夜は月がきれいだから、隠しておいた日本酒を出してきたぞ」
少し顔の赤い本郷さんが、台所に消えたと思ったら、見覚えのない瓶を持って戻ってきた。
「珍しいな。いつの間に?」
「気がつかんかっただろ。ヘッヘッヘ」
嬉しそうに笑う。
隠し事が出来ない本郷さんにしては上出来だ。
「まあ、飲め」
ふらつく手元が気になるけれど、今夜の缶ビールはまだ二本だ。
倒れるほどでもない。
「ありがとう」
酒を注ぐ音はとてもいい。
トク、トク、と柔らかな音が耳の奥まで酔わせてくれる。
本郷さんは、酒を注ぐのも上手い。
この音を聞きながら眠りたいかもしれない。
「乾杯」
決めた訳ではないのに、最初の一杯目は必ずコップを重ねる。
ビールも、日本酒も。
そうするだけで、格別に美味しい気がする。
俺と本郷さんの大事な一瞬だ。
「美味いな……どこの?」
「お主の地元だ」
「ほう」
「たまたま行く用事があって……すまんっ……痛っ!」
下げた頭がこたつに当たって、変な音がした。
本郷さんはよくあちこちぶつける。
その理由が少しだけわかる。
「大丈夫か? それに、すまんって何だ?」
「平気平気。あのさ、お主の地元に行くのに、一言もなく行ってさ……」
「なんだ、そんな事……」
突然、俺の実家に顔を出したのなら驚くけれど、それはそれで大歓迎だ。
俺はいつか、本郷さんを家族に紹介したいと思っている。
「もしかして、それでわざわざこの酒を?」
「いや、これは偶然通った酒屋で見つけたから……あ、安かったから!」
地元だからわかる。
律儀な本郷さんは、この美味い酒を、真面目に探してきてくれたのだ。
やはり格好いい大人の男だと思う。
俺の地元を選んでくれて嬉しい。
「本郷さん、こいつさ、花見に持って行きたい酒だよな」
「あっ! 俺もそう思っ……」
本郷さんの口唇が震えている。
俺と同じ事を考えていたのが、そんなに嬉しかったんだろうか。
俺も調子に乗ってしまう。
「本郷さん、せっかくだから、今から花見しよう」
「へ? 花……ないよ……」
「目の前にある……」
本郷さんの鼻、と、恐ろしくも自分に似合わない冗談を言いかけて、ギリギリで堪えた。
「力石が、花か」
爆弾みたいな一言に、耳の奥が痺れる。
今、本郷さんはとんでもない事を言った気がする。
「俺が?」
「お主はいつだって目立つ。色は地味なのに、花が咲いてるみたいだ」
頭の中で考えた。
本郷さんの言葉がぐるぐる回る。
確かに、目立つと言われた事は何度もある。
どこにでもあるパーカーを着て、わざとらしく顔を隠して歩いていても、あちこちから声がかかるのは、俺のせいではないのに。
本郷さんには花に見えるのか。
「花……あんまり嬉しくないな……」
「え? そう?」
本郷さんが目を丸くして固まる。
「そういうのは女性に言うといいよ」
「言う機会なんざ、ぬ」
堂々と胸を張られても、俺が嬉しくなるだけだ。
「本郷さんは花って言われて嬉しい?」
「……嬉しくはないけど……俺が思う花の力石は、格好よすぎるからな……」
俺の顔は見ないで、酒瓶に向かって、本郷さんは話しかけている。
見ていると、笑いが込み上げてくる姿だ。
本郷さんの、格好いいのに、こういう可愛いところも好きでたまらない。
「じゃあ、どんどん俺に言ってくれ」
「おお」
「俺も言わせてもらう。今夜は本郷さんの鼻を見る花見って事で」
「おお……ぬ? 今、お主、何を……」
本郷さんが俺の冗談に冷え切ってしまわないうちに、酒瓶をさりげなく取り上げて、もう一杯注いであげた。