力本が続きます。
「手をにぎる」が脳内ブームすぎるので、今回はそれ抜きで!と頑張ってみました……が、どうだろう……
無意識に、大口を開けて見上げていた。
今が満開の桜が頭の上に広がる。
薄く色づいた花びらがはらはらと舞う様は、どれだけ見ていても飽きない。
「本郷さん……大丈夫?」
不意に背後から声をかけられて、一気に現実に引き戻された。
「んがっ……お、おお、力石か」
「歯でも痛かった?」
「縁起でもない事を言うなよ」
力石が向こうのコンビニでワンカップを買ってきた。
そのまま受け取って、蓋を開ける。
久しぶりに時間の出来た力石と、今日は花見だ。
本格的なヤツじゃない。
駅から俺の家までの間にある桜を見て帰るという、散歩と言ってもいい陣立なのだ。
疲れて、半分眠りながらの力石が、昨夜提案してきた。
(本郷さんちの近くって、大きな桜の木があるだろ? あれ、じっくり見上げたい)
(お主、桜の木にその気になるのか……)
(木と気をかけたのか? 本郷さん、楽しいな)
笑う力石は格好いい。
ふと目があった時に軽く笑う表情も、俺が何か言った時に大笑いする表情も、出会った最初には想像も出来なかった事だ。
「本郷さん、こんなところでだけど、乾杯」
「お、すまん。乾杯!」
力石とコップを重ねる音は特別な気がする。
別に力石じゃなくても、飲み屋で隣になる誰とでもやればいいと思うのに、実際そうした事はない。この先もする事はない。
この音は、力石とじゃないと聞こえないのだ。
「なかなか時間がなくて、ゆっくり見られなかったけど、桜はいいな」
「ああ」
ここしばらく、力石は忙しかった。
不規則な時間に家を出て、謎深まる時間に帰ってくる。
口の端まで出てきそうだけれど、何をやっているのかはまだ聞けない。
日中の力石が何屋さんだろうと、俺と一緒にいる時の力石は、食の宿敵であり、魔狼であり、他の誰とも変えられない存在だ。
確実に俺の家に帰ってくるのだから、心配する方がおかしい。
「力石よ」
「ん?」
「あんまり無理はするなよ」
ワンカップを飲み干そうとしていた力石の動きが止まる。
言ってから、実に気恥ずかしい事を告げたと、俺の顔が赤くなるのがわかった。
絶対に、力石の手が伸びてきて、俺を抱きしめ、る。
「……ありがとう、本郷さん。何の問題もないから」
「そ、そう? だったらいいんだけど」
「本郷さんと一緒にいるだけで、元気出てくるし」
「そりゃ、俺すごいな」
何を言ってるのかわからなくなってきた。
すごいのは俺じゃなくて、力石の方だ。
「帰ったら、ご褒美もらっていい?」
「……ビール一本くらいならいいぞ」
「そんなのじゃ酔わない」
「なぬ? じゃあ、一本半……?」
顔を向けた時、強引に抱きしめられた。
「おっ、こら! おまえな、こんな……」
「俺が酔うのは、本郷さんだけだって知ってるくせに」
耳元で囁くのは反則だ。
舞い散る桜の花びらが、力石を応援しているかのように揺れる。
クソ、花びらも力石の味方か。
「酔いたいのか?」
「久しぶりの休みだし、本郷さんは優しいし」
「冷たくしてやってもいいんだぞ!」
叩いてやろうかと思ったけれど、久しぶりの休みに嘘はない。
「……んじゃ……桜に免じて……ちょっとだけ」
「俺のちょっとって、一晩とかだけど、いい?」
「調子に乗りすぎだろ!」
笑う力石はとてもリラックスしている。
こんな風に気を許してくれる力石がいるのもいい。
「そこらは、帰るまでに考える」
力石の腕から抜けて、残りの酒をゆっくり飲んだ。
見上げた桜が、さっきよりも赤く見えた。