数日前に書きかけたまま寝倒れて、そのまま保存せずに消してしまいました……
何を書いたのか覚えてない(という事は大した話ではなかったのだと思い込む……!)
なんか……ラブい感じを目指したのに、全然ラブくなく、変な話になった気がして……残念。
「力石よ、今夜も月はでっかいぞ!」
店を出た本郷さんの声は大きい。
さっきまで全く酔っていませんといった顔で、会計を済ましていたというのに、この酔いの回り方はどうした事だろう。
俺が手を伸ばすと、そっと握ろうと伸ばしてきたのに、うまく届かなかった。
珍しい酔いっぷりだ。
「な、力石。あれだけでかいと、いつか落ちてくるんじゃないか? いや、落ちるって表現でいいんだろうか……」
むむ、と、唸った本郷さんが考え出した。
「本郷さん、月は落ちるじゃないのか?」
「よく見ろよ。今はまだそんなに高いところにいないだろ? あそこからだと……あ、転がってくるのかも!」
思わず月を見つめてしまった。
月が転がってきたら、逃げようがない。
「そいつはすごいな……」
本郷さんに出会う前、俺の傍には誰かいた。
別に特別じゃなくても、嫌いじゃないなら誰とでも付き合う事は出来た。
付き合うというのは、そういう物だと思っていた。
それが、目の前にいる人を知った瞬間から、全てが終わって、全てが変わった。
特別な一人がいればいい。
誰とでもいいなんて、とんでもない勘違いだった。
どんな仕草も見逃したくない、そう思える人に出会ってしまったのだ。
「力石、月が転がってきたらどうする?」
「……そうだな。本郷さんの手を掴んで、一緒に玉乗りでもする」
お、と本郷さんが口を尖らせた。
キスしたくなる口唇だ。
「玉乗りじゃなくて、月乗りだろ、そいつは。いや、そんな単語あるのか?」
「聞いた事ないよ」
「……そうか。じゃ、世界初だな」
腕組みをした本郷さんが、頷きながら月を見上げる。
どう考えても転がってくるような存在じゃない。
もちろん、落ちても来ないだろうけど。
「本郷さん」
「ぬ?」
俺の声は小さかったのに、本郷さんは大げさに俺の方に顔を寄せてきた。
酔ってなかったらこんなに近付く事はないだろう。
嬉しくて、俺も少し顔を近づける。
「例えば……月が転がってきたり、落ちてきたりしても、俺は傍にいるから」
大きな目が俺を見た。
本郷さんの瞳の色はやや薄くて茶色がかっている。
長い時間をかけて作られる琥珀を思い出した時、俺は絶対に本郷さんの傍から離れないと決めたのだ。
「……蕎麦か……さすがに今は食えぬ」
「え」
一瞬、言葉の意味がわからなかった。
「いや、その蕎麦じゃなく……」
「なぬ? 何か特別な……俺の知らない蕎麦でもあるのか……そいつは……いかん……」
本郷さんは口の中に言葉を隠してしまう。
一緒に食べている時もそうだ。
いつだって俺は、全部を聞かせてもらいたいのに。
「うおお! 考えてもわからぬ! 蕎麦が食いたくなる!」
うっかりしていた。
本郷さんは酔っ払っていたのだ。
「……今夜はこのまま帰って、明日、改めて蕎麦食べに行こうよ」
「おお……そいつはいい考えだ。そうするか」
やや強引に揺れる手を捕まえて、握りしめた。
本郷さんの身体が揺れたけれど、足取りに不安はない。
もっと泥酔している時でも、一人で帰れるのだから、俺は心配をしすぎるのだと思う。
「本郷さん、俺、本郷さんくらい楽しい人を知らない」
本郷さんを真似て、口の中に言葉を隠した。
「天ぷら蕎麦の美味い店に行くべきか、普通にざるで攻めるべきか……」
俺の言葉は聞こえてなかった。
繋いだ手に力を込めてみる。
「力石と行くんだもんな。決して、格好悪い事は出来ん」
これも一種の告白なんだろうか。
聞き返してもよかったけれど、しばし、その言葉をじっくり噛み締めて帰ろうと思った。