しばしリハビリ更新のつもりなんですが、すごく変な話になった……?
連載が終わって、単行本の最終巻が出ても、二人はいつも通りに過ごしているはず!
そう思えるのが嬉しいです(終わったのは淋しいんだけどおおおお!)
「……本郷さん?」
音がするのは洗面所だ。
一緒に眠っていたはずの布団の中で、手を伸ばした先に本郷さんがいない。
ゆっくりと目を開いた。
「お、すまん。起こしたつもりはないんだが……」
歯ブラシをくわえた本郷さんが、顔をのぞかせた。
「早いな、今日」
「ちょっと散歩して来ようかな、なんて」
「珍しい」
「そうか?」
嬉しそうな笑顔が怪しい。
髪の毛がきれいに整っているのも気になる。
「……俺も行こうかな」
「ぬ? コンビニだぞ。朝食はまだ先だから……」
「タバコでも買うさ」
本郷さんと話しているうちに、完全に目は覚めていた。
今からフルマラソンを走れと言われても走れると思う。
思うだけだけど。
「おい、力石……もうちょっと寝てろよ……うおっ!」
パジャマを脱ぎ捨てたら、本郷さんが目をそらした。
別に何が違う訳でもない。いつも通りの朝の着替えだ。
「……全裸で振り回した訳じゃなし」
「振り回……バカ! お主の裸が見慣れんのだ!」
ここしばらく泊まるというより、一緒に住んでいると言ってもおかしくないような時間の過ごし方をしているのに、今更何を緊張して照れるのだろう。
本郷さんは本当に不思議で、可愛い。
わざとらしくパンツ一枚になって、体の線を見せつけてやる。
「バカ……マジで……ハレンチ……」
せっかく整えた髪が乱れるくらい頭を振った本郷さんが、体のバランスを崩す。
よりにもよって、俺の方に倒れてくるなんて、とんだ漫画だ。
ぎゅっと抱きしめて、触れそうな耳元に囁く。
「ほら、大人しく朝の散歩に行こうぜ」
「朝っぱらから何を……」
「……散歩だろ?」
「あ、そうだった。忘れるところだった。お主のせいだ!」
軽く頭を叩かれた。
俺は、本郷さんに頭や肩を叩かれるのが好きだ。
どこだって好きだけど、特に本郷さんの手のひらがいい。
触れられると元気を貰えるような気がする。
不思議なパワーに溢れているのかもしれない。
「……おい、力石。そろそろ離してくれ……」
「ああ、ごめん」
思い切り、本郷さんを抱きしめたままでいた。
「俺もついて行っていい?」
「モチのロンだ。別にやましい所に行く訳じゃないんだからな」
尖った口唇を俺に見せつけながら、手櫛で髪を整える。
この手の動き。
男らしい仕草の本郷さんは、本気で格好いいから見とれてしまう。
「お主も早く用意しろ。パンツいっちょで行く気か?」
「ちょっと待っててくれ」
離れた本郷さんがタバコを吸い始めた。
この優しさがいい。
「それにしても力石、朝から足取りが軽いな」
「若いからね」
「おおお俺だって、若い、もん……多分」
どんどん小さくなる声の可愛い事と来たら、俺には一生かかっても出せないと思う。
手を繋ごうと伸ばしかけて、外された。
「ここだ」
まっすぐ指差した先に見えたのは、ごく普通のコンビニだった。
「……何か特別な売り出しでもあるのか?」
「入って驚くなよ」
まだ通勤の時間にも早い。
店員しかいない朝のコンビニだ。
「……あれ?」
店内に入った瞬間、本郷さんの動きが止まった。
「どうしたよ」
「巨の乳がいない……」
やっぱり。
本郷さんは己の本能に忠実だ。
複雑に思わない事はないけれど、そこはお互い様だ。
ただ、俺は今、本郷さんしか触れない。
「本郷さん、その人って朝の担当?」
「あれ……って、ずっといるんじゃ……」
「シフトあるだろ、普通は」
「おお……!」
今度は俺が本郷さんの肩を軽く叩いた。
さっきの真似をして、頭を叩いてやりたかった所だけど、本郷さんの帽子に手を出す訳にはいかない。
「通いたいくらいのお気に入り?」
「いや……その巨の乳の名前が「伴」さんだったんだよ。漢字違うけど、俺の名前と一緒でさ。この間見かけて、もう絶対力石に見せたくて……」
「一人で行きたがったのは?」
「見間違えじゃないのを、もう一度確認しておこうと……間違ってたら恥ずかしいだろ?」
力が抜けた。
本郷さんにお気に入りができたのなら、こんな風に家に泊まるのもやめた方がいいなんて、歩きながらずっと考えていたのに。
「俺も呼んでいい?」
「何?」
「播さん、って」
朝っぱらから真剣な声になってしまった。
しかも、こんな状況で言うつもりは全くなかったのに。
本郷さんの視線が下がっていく。
今言う事ではなかった。
「……バンサン……なんかさ、晩餐会とか……あ、豪華な夕食って感じか……そいつはいいけど、俺には似合わない気がする」
「そうか」
「力石が呼ぶ、本郷さんって響きがかなり好きなんだけど……いや、好きってのは、俺から言うんじゃなくて!」
恥ずかしくてなかなか言ってくれない好きを、朝から言ってくれた。
「バンサンって、言い間違えたらバアサンだぜ。そんなのオジサンじゃないだろ。それに……」
どんどん自分を追い込んでいる本郷さんが楽しくて、嬉しくなってくる。
名前はいつか呼べるだろう。
「俺、バルサン思い出した」
「殺虫剤じゃ、ぬ!」
ものすごい勢いで背中を叩かれた。
痛くも痒くもない。
俺は、不審者だと思われてもおかしくないくらい笑っていた。
「記念に何か買って帰ろう」
「記念にって……ビールか?」
「殺虫剤」
「こやつ!」
噛みつかれるかと思った。
「タバコ、買い足すよ。本郷さんが吸ってるヤツ」
「自分の買えよ」
「イジワルのお詫びに」
「……イジワルって……」
買ったタバコの包みを手渡した時の、本郷さんの困ったような嬉しいような口元が、食べたくてたまらなくなってきた。
朝食は、本郷さんにしようと、こっそり心に誓った。