自分が疲れているので、力本に癒されたい……!
「うかつな力石」をお題にするとか言ったんですが……お題とか決めたら書けない情けなさなので、全然違う方向に落ち着きました。
※ 更新してから、後半付け足しました。ラブというより、下ネタ……?
現時点の「うかつな」はクリアした……と思いたいです。
時間に余裕があったから、ふと目についた食堂に入った。
なかなか古びた佇まいから、長年変わらぬ味で続いている気配が伝わってくる。
この店は絶対に美味いだろう。
「こんにち……わ……」
「本郷さん!」
倒れるかと思った。
昼はとっくにすぎているけれど、まだ夜の時間ではない。
どうした事だろう。
俺は、仕事の途中でふらりと吸い込まれたけれど、力石はこんな所にいるはずがないのに。
「おまえ……は」
「今日休み。後で本郷さんちに行くつもりだったんだ」
「あっ、そうか……」
それにしても、恐ろしいくらい運命の出会いだ。
手招きされて、そのまま力石のテーブルに座る。
うまそうな皿が並んでいて、ちょっとムカついた。
「ここな、エビフライがすごく美味い」
「ぬはっ!」
力石が目を丸くする。
心の臓を撃ち抜かれたとはこの事だ。
力石の何気ない一言くらい、痛い言葉はない。
「あ……いや……すいません、ビール……ジョッキで」
「はあい」
奥で声がする。
今の胸の痛みをごまかして、大げさに笑った。
「やっぱ、昼はビールだよな」
「……昼じゃないけど、飲んで平気?」
「ちょっとくらいはな」
力石がいるから飲みたい、なんて言えない。
酒は一人で飲むのが楽しくて美味いけれど、力石と飲むのは絶対に違う。
楽しいの質が上がり、美味いの質も上がる。
「何にしましょう」
ビールがやってきた。
おばちゃんの笑顔と声がまたいい。
店の美味さを表しているようだ。
「エ……いや、ホタテのフライと、イカを! それと、サラダ……」
「あ、俺もイカください」
「はい、ありがとうございます」
力石が俺を真似た。
この瞬間、俺は全てを許せるような気がしていた。
「変な時間に本郷さんに会うのって、すごく嬉しいな」
「俺も……驚いたけど、な」
笑う力石が、ビールを飲む。
喉を流れて行くビールの美味さを思い出して、俺も一気にあおった。
「うまっ!」
「……本郷さんが美味そうだ」
「何?」
「なんでもないよ。あ、こっちの、食べる?」
「いただくぜ」
今俺が、力石の食べていた物を食べたとしても、真似にはならないだろう。
なんたって、力石が真似てきたのだから。
「おお、こいつは美味い。酒が進む……冷酒……は、ちとマズいな」
「じゃあ俺が飲むよ」
「なっ……!」
「すいません、冷酒。コップはひとつで」
「なんだと!」
「本郷さん、俺が代わりに飲んでやる。ゆっくり飲むのは夜にしようぜ。待ってるから」
なんという鮮やかな手口だ。
俺に我慢をさせておいて、自分は冷酒を楽しむ。
力石の腹黒さに目眩がした。
「そ、そうだな。先に帰っててくれ」
「不思議だけど、本郷さんちで転がってるの、好きだよ。特にあの布団はいい」
笑う力石に、心が穏やかになって行く。
腹黒さも若さだ。
「布団は片付けてきたけど、シーツ、替えたばかりだから、好きなだけ転がっていてくれ」
「夜はゆっくり出来るな」
「ああ」
何気なく頷いたものの、何か、違う響きを感じた。
「フライ、おまたせしました」
「美味そう!」
「おお、本当だ」
遠慮のない力石の箸が、俺が取ろうと睨んでいた一本を、よりにもよって掴んでくれた。
返せとも言えない。
いや、実は力石は、微妙に大きな方を俺に残しているのだ。
なんという懐の広さ。
「……いただきます」
「いただきます」
ちらりと力石の顔をみたけれど、別にいつもと変わらないクールな男前の顔だった。
「何? 本郷さん」
「へっ?」
「俺の顔ばっかり見て」
今日二度目の衝撃だ。
俺が見たのはちらっとだ。
ちらっとなのに、力石に気づかれていた。
「あ……あ、いや、見てない」
「そうかい? その目は結構……」
俺を見て、笑いながら力石が、ふと視線を落とした。
「何? 何か落としたか?」
「ん……ちょっと……内緒」
内緒という響きが、こんなにも誘惑的だとは思いもしなかった。
耳の奥まで届いて、繰り返しこだまする。
内緒。内緒。内緒。
「頼む……イカフライ、食べかけだけど、残りをやるから、教えてくれ……」
「そいつは食べてくれ」
「けど……」
「じゃあ……」
力石が手招きした。
普通の声では話せない事なのか。
身を乗り出して、力石の方に耳を向ける。
「勃ちそう」
「へ?」
「あまりにも本郷さんが煽るから……なんてね。冗談」
「たっ、たち、つて、と……」
俺はバカだ。
大人らしい切り返しが効かない。
「お、おまっ、こんな真っ昼間から……」
「どっちかというと、夕方に近くない?」
「そんな事はどうでもよくてだな!」
俺の周りに、ハレンチな煙が立ち込めているようだ。
力石の力技を思い出す。
いや、あれは甘くて優しい時間だ。
あんなに気遣われた記憶はないかもしれない。
憎い力石と、クールな力石と、優しい、力石と。
「……俺、戻るわ……もうちょっとしたら帰る」
「また後でな」
爆弾発言をしたくせに、クールな顔は崩さない。
けれど、もしかしたら初めて、力石のくだけた話を聞いたかもしれない。
「ああ、後で」
力石のいる家に帰る俺。
それは、悪くない響きだ。
これを超える格好いい言葉を返したい。
立ち上がった俺は、帽子をキュッとかぶり直した。