いつもとちょっとだけタイトルの感じを変えてみました、が、別に何の変化もない普通の話で。
※ 後半一部修正しました。すいません。
「本郷さん、ショウブだ」
突然、力石が挑んできた。
今夜は一緒に飲みに出て、ゆっくりと酒と料理を楽しんで、ふらつきながらも戻って来たところだ。
先に部屋に入った俺が電気をつけて、後から入る力石が鍵をかける。
最近ずっとこのパターンだった。
「何を……」
さっきの店で、負けたのは俺だ。
力石の選んだ高野豆腐の卵とじは、涙が出るほど美味かったし、ほうれん草のおひたしだって、思わず声がもれるほど美味かった。
味噌カツを選んだ俺が、子供よりも幼く感じられたほどに。
多分、穴があったら飛び込んでいたと思う。
「シェアして食べよう」
涼しい顔で力石は言う。
これが悔しくなくて、何が悔しいだろう。
「じゃ、じゃあ、ニンジンのきんぴら……」
「それ美味いよ、すごく」
俺が選んだ品は、全て力石に先に食べられていた。
敗北。
悲しみのあまり、ビールを手酌で注いだら、コップの半分以上が泡になった。
力石のコップは、泡とビールの配分が震えるほど美しい。
またしても、敗北。
「……今夜、泊まってもいい?」
「いいよ、一緒に帰ろうぜ」
力石の口元が、ほんの少し揺れた。
今夜も何も、連休と名のつく期間、力石はずっと俺の家にいたのだ。
仕事は休みだったらしい。
俺はというと、途中で仕事に行く日があって、その間は力石の好きにさせていた。
お互い、まだ仕事の内容は話してない。
力石が言ったら、俺も言う。
そう思って、ずっとそのままになっている。
とりあえず、今の所、一緒にいるのに昼間の仕事は関係ない。
「連休も終わるな」
「俺はあんまりそういう感じじゃなかったけど」
「あ、俺はすごく充実したよ。本郷さんちのエロサイター、全部読ませてもらった」
「なぬ?」
「ほんと、爆乳が好きなんだな。置いてある過去の、全部爆乳特集だった」
「……俺の秘密を……」
恥ずかしい。
俺よりもずっと年下の力石に、俺の性癖を知られてしまった。
「より本郷さんの事がわかって、よかった」
「そりゃよかったけどな」
帰りの電車の中で、そんな話をされた。
しっかりとつり革につかまっていたはずなのに、急な揺れにふらついて、力石にぶつかってしまったのは、謝る事ではなかったと思いたい。
「……あれか!」
「……あれって?」
「電車の中の……」
「電車?」
エロサイターで新たな知識を得た力石が、そのままでいるはずがないのだ。
ぶつかった痛みの恨み言を、勝負という形で言い出したのだと思った。
「あれ? なんだ? 力石……そいつは……」
力石が手に何かを持っている。
剣だ。
「おまえ、マジで俺と戦う気か!」
「戦うって……本郷さん、酔ってる?」
「酔ってない。今夜はビール一本くらいしか飲んでないだろ」
「そうだよな。俺のために」
「……何を……」
力石が剣を突きつけてくる。
よく見て、驚いた。
「なんだ、その葉っぱ……」
「だから菖蒲だって」
「ショウブ……」
「菖蒲湯しよう。昼間に買っておいたんだ」
俺の、勘違い、だった。
緑の剣は、俺の手をくすぐる。
くすぐっているのは力石だ。
嬉しそうに、笑いながら。
「菖蒲湯って事は、それ、風呂にいれるの?」
「風呂用は、ちゃんと用意してあるよ。これは、本郷さんをくすぐる用」
「おまえなあ……」
「腰痛とかにもいいんだって。本郷さん、整体に通ってるもんな」
この優しさが悪い。
手の甲から肘のあたりまで、ゆっくりとくすぐられて、何やら背中がぞくぞくしてくる。
まだコートを脱いでいないのに、直に触れられているみたいだ。
色々、思い出してしまう。
「本郷さん、今夜、ちょっと無理しても大丈夫だと思うよ」
「……ちょっと無理って、何……?」
「言葉じゃ説明出来ないなあ……待っててくれ」
「力石……!」
悪い力石が、わざと俺の身体に触れるようにして、部屋の中に入って来た。
菖蒲の葉を渡される。
「おい……」
「すぐ風呂もいれるよ」
そのまま押入れを開けて、布団を敷き出した。
用意のいい力石だ。
聞かなくても、その先は見える。
俺も、今夜の酔いを抑えたのは、別に健康を気遣ってではない。
「俺が先に菖蒲湯に入ったら、勝った事になるんだろうか……」
力石の握っていた菖蒲を、より強く握り締めながら、こっそりと、聞こえないように呟いた。