調子にのって、ぐっと距離の縮まっている力本で!
やや腐表現あり……のつもりだったけど、いつもとあまり変わらないかも。
街は……絶対に近寄らないだろうけど、そこらが妄想って事で。
これもまた、甘さ炸裂。
いつから、こんなに騒々しくなったんだろう。
人間が歩いていない街。
正確には、人間だけど、目を見張るような仮装ばかりで、頭がクラクラしてくる。
ここまで派手に盛り上がっていたとは、近寄らないから知らなかった。
異様な色で飾り立てられる十月の末は、のんびり街を歩く事すら出来ない。
これだけ独特な空気に包まれていたら、何をやってもいい気にさせられる。
たまには。
「本郷さん」
そんな街の中を、俺は、本郷さんと歩いていた。
お互い、どこにいても、いつもと変わらない格好だ。
「なんだよ……あっ……」
「迷子になったら困るだろ」
「俺は子供か!」
なんとなく動きが硬い本郷さんの手を、強引につないだ。
一気に距離が近づく。
本郷さんの足がもつれそうになるのを見て、思わず歩くのを止めた。
「大丈夫?」
「り、力石よ……ちょいと、大胆すぎやしないか?」
「大胆って……」
「だって、手……手を、こんな人前で……」
うわずった声が、やけに響く。
聞こえているのは、俺にだけだけど。
誰も、周りに気をとられる余裕なんてない。
今夜はそんな街にいるのだ。
「手をつないでるだけだろ? 普通だよ」
「で、でも、誰か、が、見て……」
「見てもいいよ。関係ない」
周りを気にする本郷さんは、挙動不審すぎて、逆に目立つ。
せっかく俺が、街への溶け込み方を教えているのに。
「本郷さん、いい?」
ふと、店と店の間に気付いた。
「ここ? 店じゃない、よな?」
「うん」
行き交う人を避けるふりをしながら、さりげなく、本郷さんの頰にキスをした。
「ひっ!」
途端、本郷さんが、ものすごい勢いで、俺の手を振りほどいた。
そのまま俺が今、キスをした頰を、両手で隠す。
「本郷さん……」
「おま、おまえはっ、こんな所で……!」
「別に、人の邪魔にはなってないし」
律儀に左右を見回すのが、俺の大好きな本郷さんだ。
二回も繰り返して、小さく頷く。
「たしかに、そうだけど……」
今夜は、あえて、絶対に来ない街を選んだ。
待ち合わせは、今時、中学生でもしないだろう、犬の銅像の前。
来る電車の中もすごかったけど、駅に降りても人しかいない。
あまりの多さに、本郷さんと、出会えないかもなんて、心配をした。
それは全く、必要のない心配だったけれど。
本郷さんも、俺のことをすぐに見つけた。
気づいているだろうか。
お互い、これだけ人がいるのに、ほぼ一直線で捕獲出来たのだ。
これこそまさに、運命の出会いだ。
「本郷さん、今夜、何食べる?」
人混みはもういい。
どれだけ人がいても、俺は、本郷さんを見つけられるとわかった。
今夜はそれで、かなり満足した。
「……そう、だな……トマト、かな」
「今夜はカボチャだろ?」
目を閉じてもうなされるぐらい、カボチャにあふれている街を見て、トマトときた。
確かに、あちこちにドラキュラの仮装がいる。
血まみれの集団もいっぱい歩いているから、トマトを連想するのは、間違いでもない。
「今夜のカボチャは、流行に乗せられすぎてるから、嫌」
そういう感覚は大好きだ。
「……じゃあ、おでんにしようか」
「うっ……」
本郷さんが、俺を睨みつけた。
「え? おでん、嫌だった?」
「いや……そうきたか、と思って……」
むむむ、と、本郷さんが唸る。
最近食べたトマトのおでんは、なかなか美味しかった。
ぜひ、本郷さんと一緒に食べたいと思っていた。
「おまえは……やっぱり、読めない奴だ」
「……それ、嫌ってこと?」
「違うよ」
本郷さんの手が、ひらひらと揺れた。
「あ、ごめん」
「へ?」
「淋しかっただろ、手」
さっきよりも強く、その手を握りしめる。
今度の本郷さんは、逃げなかった。
「力石よ……」
「このままで。どう見ても、仮装だから」
「……いい、けど……」
本郷さんの手にも、力がこもる。
「……俺は、仮想じゃ嫌だぞ……」
嬉しい響きと、熱だ。
思わず指を絡めてしまう。
「もちろん、俺だって、そうだよ」
「おでんって、近い?」
「ん……ちょっと離れるけど」
「じゃあ、なんでここで待ち合わせたんだ? 意味ないだろ?」
早々と街を出た。
電車の中で、本郷さんが俺に訴える。
街ほどではないけれど、やはり満員だ。
俺はドアに背を向けて、先に安定を取った。
つり革を握る本郷さんは、とても無防備で、見ていて楽しい。
「本郷さんと一緒に、ふらっと歩きたかったって、ダメ?」
「ほとんど歩いてないし」
「雰囲気を楽しむ……あ、デートっぽい」
「……俺なあ、疲れたよ……」
意地悪く吐き捨てるから、わざと本郷さんの腰に手を回して、抱き寄せた。
ぐらりと揺れた本郷さんは、つり革から手を放してしまった。
「おい……!」
「疲れたんだろ? 俺に掴まってたらいい。それとも、ここ、変わろうか?」
「よくない……こんな……人が……」
今夜はハロウィンだ。
「本郷さん、ハロウィンの頭文字、わかる?」
「ハロウィン……は、H……」
「ね? 解禁ってことで」
「何……」
絶妙なタイミングで電車が揺れて、本郷さんが、俺にしがみついてきた。
「後の事は、おでん食べてから考えよう」
「おまえなあ……」
自信を持っていいのは、今夜、本郷さんは、一言も嫌だと言わなかった事だ。
多少、振り回してしまったけれど、一緒にいるのは楽しい。
俺のパーカーを握りしめている、本郷さんの手が可愛くて、視線をそっと、そこに落とした。