※ 当初「手」というタイトルでした。ちょっと修正してます。
二人とも、地に足をしっかりとつけているので、多少の風に吹き飛ばされる事はなさそうですが、そこで我慢比べしたら、本郷さんが先に負けそう……
いや、ちらりと限界の本郷さんを見た力石が、さらっと「負けたよ」って両手あげるかな?
格好よすぎて死ぬ!!!
(こういうのを呟いてますが、今回の話には関係ないです……すいません……)
今日は風が強い。
日中、屋内にいた俺は、今になってこの天気を味わっているけれど、本郷さんはどうだっただろう。
トレンチコートで寒さは感じないだろうけど、帽子は飛ばされたりしないんだろうか。
「うおっ! 俺の帽子が! ちょっと待ってくれええ!」
そう叫んで、手足をばたつかせる姿が目に浮かぶ。
少し、笑ってしまった。
そもそも、本郷さんが何をしているのか、そんな簡単な事すら俺は知らない。
勤め人なのか、会社を経営しているのか。
事務仕事なのか、営業なのか。
いっその事、殺し屋とかでもいい。
「……殺し屋か……意外と腕はいいのかもしれないな……」
本郷さんの事を考えると、絶対に俺は笑ってしまう。
「あうっ」
「……おや」
駅からゆっくりと歩いてきて、八割気持ちがもつ焼きに傾いた途端、本郷さんに出会ってしまった。
角を曲がった所にいるなんて、今時漫画でもない状況だ。
「あそこ?」
「力石も、か……」
「こんな風に風が強い日は、なぜかもつ焼きの気分でさ」
「おお、俺もだよ……」
帽子の下に目が隠れる。
少し尖った唇の先が見えた。
「一緒に行く?」
「そうだな」
怒ったのかと思ったのは一瞬で、もう口元は笑っている。
さりげなく覗き込んだ目も、いつも通りだ。
「もしかして、他に約束があった?」
「……あったらここに一人じゃないと思うぞ」
無粋な事を聞いてしまった。
怒らないのが本郷さんだ。
「そりゃそうか」
「俺の事よりさ、力石は?」
「そのまま返す」
ふうん、と、本郷さんが呟いた。
「あ……」
「何? 何よ?」
まっすぐ見つめて笑ってみる。
慌てて帽子を押さえた本郷さんが、俺から避けるように、一瞬身をそらした。
浅くも深くも、帽子をかぶる本郷さんは格好いい。
その格好よさに詰め寄る楽しさも、また格別だ。
わざと、顔を近づけてみた。
「おいっ……」
「本郷さんって、今、ちっとも酔ってないな?」
「今から飲むんだぞ。酔ってたらびっくりする」
今から酔う本郷さん。
新鮮な気がした。
「それじゃ、俺も今から酔う」
どうせなら、一緒に楽しみたい。
そう思って言っただけなのに、本郷さんの顔がものすごく明るくなった。
「いいねえ。今から酔う力石か。ぜひ俺に拝ませてくれ」
「どうぞどうぞ」
「……ぬ。酔わない余裕が感じられるぞ。力石は油断ならぬ」
「そんな事ないだろ」
不思議だけれど、本郷さんになら、どんな姿を見られても平気な気がする。
当然、泥酔する気は毛頭ないけれど。
「……今夜の俺はな、もつ焼きをどう攻めるか、真剣に考えてきたんだ」
「へえ、何から食べる?」
「そりゃ、せっかくだから……」
両手で説明してくれる。
忙しそうに動く指と、手の平。大きく広げてくれて、手相まで覚えた。
「……しまっ、た……陣立を……うっかり……」
「本郷さん、金運、いいね」
聞き取りにくい独り言を解読するのも楽しいけれど、つい見えた手相が気になった。
「え、マジで? 宝くじ当たった事ないぞ?」
「運命線も太くて……いい手相してる」
俺が言った途端、本郷さんはその手を隠してしまった。
「何? 俺、嫌な事を言った?」
「なんか……ちょっと恥ずかしくなっただけだよ」
「手相が?」
「俺の……全てを見透かされているようで……」
手相なんて、素人の俺には見てもさっぱりわからない。
本郷さんの手がよくて、適当に言っただけだ。
「そんな事になったら、逆に俺の全部も見せてあげるから」
「全、部……って、な……ぬ」
何を想像したんだろう。
本郷さんが真っ赤になる。
「もつ焼き、早く行こうぜ」
「お、おお! そうだ、俺はもつ焼きで天下をとる!」
「……食べ比べする? いいよ」
目まぐるしく変わる本郷さんの表情は、気まぐれで変わる風のようだ。
今夜、本郷さんに会えて嬉しい俺は間違っていない。
「とりあえず、店に入ろう」
風はまだ強く吹く時がある。
寒くはない。
本郷さんといると、何の気にもならない。
もっと大風が吹いて、飛ばされるような状態でも、きっと本郷さんはもつ焼きの事を考えているだろう。
楽しすぎる。
「一度バラした手の内は……」
俺はすでに食べる物を決めている。
いつものように注文するだけだ。
そこに本郷さんがいると、少し流れが変わってしまうかもしれない。
けれど、それが人と一緒に食べる楽しみだ。
俺はずっと、本郷さんとだけ、この楽しみを味わっていたい。
「本郷さん、酒は……」
「何をいくかだっ! いざ、尋常に……」
「ジンジャー? ああ、生姜ね。いい所に目をつけるなあ」
「い、いや……あ、そう?」
へへっと笑った本郷さんの顔が、ものすごく可愛くて、一瞬だけ、年上だという事を忘れてしまった。