「ホンゴースパーク、まさかの騎手落馬」が元ネタという事で。
本力の本郷さんは格好いいんだけどなあ……(力本の本郷さんも格好いいよ!)
※ 自分の寝起きにちょっと書き漏れを発見し、がっかりしながら修正入れました。すいません。
今夜も本郷さんと出くわした。
ここしばらく、三日に一回は会っているような気がする。
「お、力石」
「こんばんは」
この会話は一昨日も同じだった。
本郷さんの隣に腰を下ろすか、テーブルを挟んで向かい合わせで座るかの違いくらい。
今夜はゆっくり食べている隣の席を選んで座ってみた。
フードを外した時、腕が本郷さんの身体に触ってしまった。
「……っ……」
本郷さんが小さく唸った。
箸が震えて、眉間にシワを寄せている。
「どうした?」
「ん? 何でもないよ……うん。平気、平気」
そっと手を伸ばして、今度は軽く肩に触れてみた。
「痛っ……くは、ぬ……」
「痛いのか? ここ?」
「おおっ……お……」
わざとらしく背中を撫で回す。
本郷さんの痛みは本物だ。
「力石……ちょっとだけ、許してくれ……」
「痛いのはわかった。何やったんだ? 一昨日……会った時は、そうでもなかっただろ?」
あの晩は、こんな事なかった。
本郷さんは酔っ払って、食べていた焼き鳥に対して万歳を三回も言った。
両腕をぐるぐると回し、店主に注意されたくらいだ。
見事な腕の動きだった。
「そういや、昨日の晩は、力石に会わなかったな」
昨日は寝ていた。
頷いて、本郷さんの話を促す。
「実は昨日、うっかり飲みすぎてな」
「ほぅ」
「酔っ払ってはなかったんだけど、階段踏み外して……きれいに下まで落ちた……」
目に見えるようだった。
黙っていると本郷さんは、実に慎重な大人に見える。
トレンチコートも帽子も、すごく似合っている。
飲み屋でのマナーもきちんとしているし、酔っ払っても、食事は丁寧に食べる。
それなのに、喋ると面白いし、飲むと落ち着きがなくなる。
そこは、俺の気に入っているところだけど。
「そいつは痛かっただろ。病院行った?」
「行く間がなくてな……」
「行ってないのか! じゃあ、湿布くらい貼ったんだろうな……匂い、全然しないけど、大丈夫なのか?」
「それが……独り者の悲しさで、背中の真ん中に貼れんのだ……」
「え」
落ち込んだ声に、思わず徳利を掴んでいた。
震える手がお猪口を掴む。
「飲める?」
「酒は美味い」
そういえば、今夜の本郷さんは、箸の動きが珍しくおぼつかなかった。
こういう訳があったのだ。
もっと早く気づくべきだった。
「畳の上にな、フィルム外したのを置いて、狙いを定めて転がるんだけどさ、痛くて叫んだ時には、うまく貼れてなくてな……三枚も無駄にしちゃって、諦めた」
その状況が、嫌になるほど見えた。
一人、畳の上で転がっては痛がる本郷さんを思うと、笑いが込み上げてくる。
「ダメだよ、そんなんじゃ」
「そうだよな……俺もわかってる」
「だったら、俺を呼べばよかったのに」
「へ?」
「湿布くらい貼ってやるよ」
本郷さんが目を丸くしている。
「ああ、そうか。そういう手があったか……いや、俺はおまえの連絡先なんざ知らん」
「……俺も知らない」
一瞬の間が空いて、お互いに吹き出した。
本郷さんは、顔をしかめながらだけど。
「今夜は……そうだな、湿布貼りに行ってあげるよ。いい?」
「助か、る……んだけど……いかん。洗濯物が干しっぱなしだ」
「気にしないよ」
男の一人暮らしだ。想像はつく。
本郷さんがより身近に感じられて、少し嬉しい。
「エロサイターが積んである」
「読ませてくれ」
「……爆乳、好きか?」
「ほどほどに」
本郷さんの家に行けるなんて、思いがけない楽しみだ。
嬉しくて仕方ない。
「本郷さん、差し入れに、ビールでも買っていこうか」
「ほんと? 今、一本もなくてさ……」
俺が嬉しくなる笑顔を向けてくれるのに、すぐそれは歪みに変わる。
「……どれだけ痛いんだか……」
「日中は、結構平気だったんだけどな……夕方くらいから、妙に痛んできて、ここで座って飲み食いしてる分には平気なんだけど」
それは老化だと言いかけて、堪えた。
運動不足の筋肉痛が、後になって出てくる物だったはず。
打ち身に年は関係ない。
もう少しで本郷さんを年寄り扱いするところだった。
「今夜は大丈夫だよ。俺が付きそう」
「……何か引っかかる言い方だけど……助かる」
本郷さんは、眉をひそめながら、お代わりのお猪口を差し出してきた。
「まだ飲むのか?」
「消毒……内臓から元気じゃないとな」
「バカ」
懲りてない笑顔に、うっかり背中を叩いてしまった。
本当に痛いと、叫ぶ事すら出来ないのだと、俺は今初めて知った。