たまには、力石が弱った風な状況で。
本郷さんは、すぐに風邪とかひきそうだけど、力石に限っては絶対にないと思う。
けど! ちょっとは甘えていいヨ(笑)
さりげない優しさ祭(もうなんでもありです)
どうも寒気がする。
いつも以上にパーカーのフードを深くかぶって、今夜の店を目指していた。
風邪でもひいただろうか。
そのあたりは、結構気をつけているつもりだったから、自分でも納得がいかない。
体調が悪いと、酒が美味くない。
酒だけではない。
せっかくの食事を、己の怠慢で不意にするのは勿体無いと思う。
「……あれ? 力石じゃないのか」
「え?」
不意に背後から肩を叩かれた。
振り向くと、睨みつけるような鋭い視線の本郷さんがそこにいた。
珍しい表情だ。
「本郷さん……」
「どうした、もう酔っ払ってるのか? 俺じゃあるまいし」
「ええ?」
「ふらふらしてるぞ」
そんなつもりは全くなかったから、ただ驚いて、言葉もなかった。
「……酔ってはないよ。まだ飲んでないし」
「だろうな」
「そんなに、ふらついてる?」
「おう。思わず声をかけるほどに」
考えてみれば、本郷さんから声がかかった事はなかった。
いつだって、俺が見つけて本郷さんを呼び止めた。
店の外で、店の中で。
それは、俺の楽しみだった。
「……本郷さん、今夜どこに行くんだ?」
「ああ、その先の店で……」
本郷さんの手が、真っ直ぐにその先にある店ののれんを指した。
いつも思うけれど、本郷さんくらい、手に動きのある人はいない。
ひらひらと、不思議な動きをしているかと思えば、きちんと指を揃えて料理の注文をする。
俺は、本郷さんの手を見ているのも好きだ。
この手を肴に、いくらでも飲めると思う。
「何笑ってるんだ? こら」
遠慮なく、フードの中に潜り込んできた手が、俺の頰を触って、耳の方まで届いた。
こんな風に触れられた事はなくて、一瞬声も出なかった。
本郷さんの手じゃなければ、邪険に払いのけただろう。
「本郷さん」
「……力石、行くか?」
「え?」
手はすぐに離れた。
淋しいような、物足りないような感覚は、日頃あまり触れられない所だったからだろうか。
一応、店は決めてある。
けれど、本郷さんと会ったのだから、このまま一緒に食べてもいい。
「あったかい物を食べよう」
「どうした、本郷さん。今日はいつもと違うだろ?」
「……顔、よく見せてみろ」
「え?」
唐突に、本郷さんが俺の顔を覗き込んだ。
頷いて、フードを外す。
外の風が気持ちいい。
「……うむ」
「なんだよ?」
驚くほど近い距離で目が合う。
優しい目の色だ。
「顔が赤い。今、そこに突っ込んだ手が熱かった。おまえさ、熱あるだろ」
「ないよ。そこまで体調悪くな……本郷さん」
額がその手に取られる。
本郷さんの手の平は、冷たくて気持ちがいい。
気持ちよさに、目を閉じてしまいそうになった。
「力石、今夜は飲まない方がいいぞ」
「そうかな?」
「熱燗一本で、あったまって帰ればいい」
今、飲まない方がいいと言ったのに。
驚いたような顔に、思わず笑いがこみ上げてくる。
「なんだよ。笑うところか?」
「……だって本郷さん。矛盾してないか?」
「え? 酒は百薬の長っていうだろ。熱燗一本は、食事の範疇だよ」
俺の額で、本郷さんの指の先が動きだす。
多分、手をじっと止めている事が出来ないのだろう。
くすぐったいけれど、楽しくていい。
もう少し、なんて思う間も無く、あっさりその手は引き上げた。
今夜くらい、この手に翻弄された事はない。
「なるほど……それじゃ、今夜は、本郷さんに従う」
本郷さんの言いたい事は、全部伝わったと思う。
その優しさを、素直に受け取ることにしよう。
きっと、風邪なんてすぐに治りそうだ。
本郷さんには、そういう雰囲気がある。
「おお。いい風向きだぜ」
「……風?」
「いや、勝利の美酒が……」
「勝利……?」
「ああ、なんでもなくて! そこ、早く店に入ろうぜ」
本郷さんは、時々謎のつぶやきを残してくれる。
酒を飲んでいるうちに忘れてしまうのだけど、今夜はその意味を、もう少し考えてみてもいいと思った。