「うかつな力石」をお題の今週でしたが、どこが??な感じですいません。
とりあえず楽しそうに飲んでたらいい感じの話で。
風は冷たいのに、昼間の暑さときたらたまらない。
コートも帽子も全部脱ぎ散らかして、道路の真ん中で大の字になってもいい。
多分、アスファルトで転がったら熱いだろう。
「ああ、もうダメだ……」
一歩も歩けない。
今夜行こうと思った店までは、もう少し距離がある。
暑い日にぴったりのラーメンを食べるつもりだった。
けれどもう限界だ。
「いらっしゃいませ!」
無意識に、間近にあった店の入口を開けていた。
のれんはシブくていい柄だった。
漂ってくる店の匂いも悪くない。
無意識でも俺は、うまそうな店を選んでいる。
「ビールください。でかいの」
「はい」
ぐるりと店内を見回して、一番涼しそうな場所を物色する。
入口に近い席がいい店もあれば、奥が冷房の吹き溜まりになっていて、寒いくらいの店もある。
「ここにしよう……」
店主の背中を見ながら食べる。
ちょうど真ん中の席が空いていた。
ふらふらと、吸い込まれるように座る。
「どうぞ。暑いですよね、今日」
冷たいおしぼりをもらった。
手に触れるだけで幸せを感じる。
「そうですね。ビールが飲みたくて」
「ありがとうございます。どうぞ」
とりあえずの小鉢を注文してコップを掴む。
ビールの泡は不思議な存在だ。
食べる物ではない。
飲む物でもないけれど、一応は飲み物になるのだろう。
くいっと喉を通っていく感触は、目を閉じてうなってしまうほど幸せだ。
甘そうにみせかけて、ちっとも甘くないのがビールの泡だ。
「こいつは、クールな嘘つきだ……まるで力石」
小さな声で呟いて、自分で驚いた。
力石に嘘をつかれた事なんて、多分ないのに。
顔はいいと思う。
背格好だってスマートで今風だと思う。
趣味も舌も悪くない。
それなのに、俺をバサバサと切り倒す魔狼だ。
高い高い山のようにたちはだかる存在でもある。
「力石め……」
ぐっとビールをあおった。
これだ。
俺は今日、これを飲みたかったのだ。
「ああ最高……力石なんて、もうどうでもよくなってきちゃったよなあ」
口を閉じる事を忘れて、一瞬、ぼんやりしてしまう。
ビールはいい。
「こんばんは」
「いらっしゃいませ」
今飲み干そうとしているビールを、全部吹き出すところだった。
「あ、本郷さん」
「りっき、いし……」
「今日暑かったね」
呼んでもないのに、俺の前に腰掛ける。
店の人に、ビールください、のひと言を忘れずに。
「暑すぎて、このビールの中に飛び込みたいくらいだよ」
「本郷さんならやりかねん」
なぬ?
その言葉の意味を問いただそうと、ジロリと力石の顔を睨む。
「泡」
「へ?」
「口元に泡が残ってる」
「ぬっ……すまん」
慌てておしぼりで口元を拭う。
恥ずかしくて顔まで拭いてしまった。
ああ、ここのおしぼりは、広げるとそのよさがわかる。
厚手で変な臭いもしない。
いい店の証だ。
「本郷さんは、おしぼりで顔を拭いてるよな。いつも」
「オ……オジサンって言いたいんだろ」
「いや、嬉しそうでいいな」
突然、力石が俺の真似をした。
まさか、だ。
力石がおしぼりで顔を拭くなんて、考えもしなかった。
それはオジサンのする事ではなかったのか。
「ビール、おまたせしました」
「すいません。あ、注文いいですか?」
「ああどうぞ」
「あっ、俺も追加を……!」
まさかの、後から来た力石に遅れをとってしまった。
流れるような注文は、もう、どうしようもないくらい聞き惚れてしまう。
力石の声は、子守唄になりそうなくらい、響きがよくて気持ちがいい。
「……さん、本郷さん?」
「ひっ、な、何?」
「本郷さん、何がいい?」
「あ、俺……俺はね……」
慌てて店の壁にあるメニューを見ながら、オススメの一品と、魚で気になったヤツを選んだ。
店の人が引っ込んだ後、力石と乾杯した。
なぜか、一緒に食べる時は、必ず最初に乾杯してしまう。
不思議な儀式のようだ。
「あのさ」
「何よ」
「本郷さんの選んだ魚、あれ美味いよ」
椅子から転げ落ちてもおかしくないひと言をささやかれてしまった。
悪気のない笑顔は悪くて、悪くて、結局は憎めない。
「そ、だろ。俺のお気に入りなんだ」
「やっぱり? 本郷さん、ここに来た事あったんだな。さすがだ」
「ヘヘヘ……力石も、ここで会うなんざ、なかなかいい目を持ってるぜ」
「嬉しいなあ」
素直に笑う力石と違って、曖昧に笑った俺は、ビールをがぶ飲みした。