覚え書きの色をネタに……のはずが、思ってたのと全然違う方向に……。
もうちょっと本格的に書く予定ですが、キモチ、季節もので。
やっぱりいつもと同じ。仲良く?飲んでるだけ。
昼過ぎの、変な時間に力石と遭遇した。
今日は少し暑い。
暑い時こそ、カレーだろう。
カレーのうまい店を選択した俺に、力石は思い切りぶつけてきやがった。
もちろん、約束も何もしていない。
毎回、偶然だけれど、力石が悪いことにしておく。
「本郷さん、カレー好きだよな」
「カレーが嫌いな男って、いると思う?」
力石が、笑いながら首を振る。
テーブルには、向かい合わせて座った。
力石の足先が触れるくらい、小さめのテーブルだ。
「あ、悪い」
伸ばしかけた足の先で、力石のスニーカーを踏んでしまった。
悪気は全くない。
このまま踏んでいてもいいけれど、それでは少し大人げなさすぎる。
謝りながら、力石の足の感触を知った。
「本郷さん、今日は飲まないんだ?」
「ああ、ちょっと」
俺にしては珍しく、この後予定が入っている。
力石は、軽く流して、聞かないでいてくれた。
目の前に来た昼間のビールは、輝ける琥珀の魂だ。
カレーにも合う。
特に今日は暑いから、ぐっと飲み干してやりたい。
「じゃ、遠慮なく」
普通だったら、年長者が飲まないと知ったら、自分も飲むのをやめるんじゃないだろうか。
力石は、平然とビールを飲んでいる。
あの瓶で殴ってやりたい。
「……本郷さん、一口だけでも、いく?」
「あ……ああ、それじゃ……いやっ、いやいや! 気持ちだけ。深く心に頂いておく」
いかんいかん。
慌てて俺は、おしぼりで顔を拭くふりをして、動揺を隠した。
「カレーといえば、色々種類があるよな。本郷さんの好きなのって、どういうの?」
「むっ……」
唐突に、力石が普通の話を振ってきた。
今まで何度となく、あちこちの店で顔を合わせては飲んできたけれど、どういう話をしたのかは、ほとんど覚えていない。
一度、東松山で飲んだ時、力石の出身が埼玉だと聞いたぐらいだ。
あの時、俺は、俺の話を力石にしただろうか。
「カレーは奥が深すぎてね……迷うよ」
不意に気がついた。
力石の問いかけは、俺のカレーに対する力量を図ろうとしているのだろう。
簡単に、手の内を明かしてはやらない。
「そうだな。ところで、本郷さんのコートって、カレー色?」
「へっ?」
いきなり、何を言い出すのかと思った。
力石のビールは、まだ半分ほどしか空いてない。
それで、もう酔っぱらったのだろうか。
じっと顔を見ても、力石の酔いはわからない。
「おまえ、何を……これって、そんな色に見える?」
「じゃあ、黄土色?」
「違うって」
黄土色の字の持つ響きはきれいだと思う。
けれど、遠い記憶がよみがえるような、むず痒い気持ちにはなる。
子供の頃、黄土色というと、皆で囃し立てたものだ。
カレーを食べている今は、なるべく思い出したくない。
さすがに、目の前の力石に、それを告げる意地悪さは、俺にもない。
「もうちょっと、薄い色じゃん」
「いい色だよ。本郷さんに似合ってる。とても」
「あ、れ……?」
今度は褒められた。
直球だ。
悪い気は全くしない。
「そ、そうかい? そりゃ、ありがとう」
「本郷さん、姿勢がいいからね。似合うし、目立ってる」
「あ、そうだった?」
姿勢がいいと言われたのは、初めてだ。
今日の力石は、本当にどうかしている。
俺を褒めても、食のライバルとして、手を抜いたりはしないのに。
いや、でも。
こういう昼間があってもいいか。
なんとなく気をよくした俺は、力石をいいように見てやろうと思った。
目を細めて、じっと見つめる。
気づいた力石が、手を止めた。
普段、フードで頭を隠している力石は、全体的に白っぽい。
いや、俺を黄土色というのなら、くすんだ灰色とでも言ってやらないと、戦いにならない。
そういえば、この姿、店に着く途中、あちこちで見た気がする。
「あ。力石は……ハロウィンのおばけっぽい」
「いきなりハロウィンって、どこから出てきた? おばけって何だ?」
「最近よく見かけるだろ、こういう……」
テーブルに、指でなぞるように、おばけの絵を描いてみた。
頭が丸くて、裾がひらひらしている。
力石も俺の指先を追って、おばけのイメージを確認する。
「本郷さん、それ、もう裾の時点で違う。あれはシーツだよ」
「シーツ? そんなもん、かぶるのか」
「俺、そうだと思ってた」
どうしておばけが、シーツをかぶるんだろう。
そこで流れが止まってしまい、お互いに目を合わせる。
「……それがハロウィンなんだよ。シーツの祭りなんだ。あれは」
「本郷さんの答えって……単純……」
「おまえなあ……」
バカにされたような気がして、カレーを食べる。
辛い。辛くてうまい。
ビールが欲しい。
ビール。
「本郷さん、どうぞ」
「えっ」
「車じゃないよな?」
「あ、ああ。歩き……」
喉から心臓が飛び出した。
力石に、俺の心の声が聞こえたようだ。
「飲まないって言ってたけど、味見は別だよ」
「味見……か」
コップを受け取った俺は、グッと飲み干したい気持ちをこらえて、舐めた。
ほんのちょっとだけ、喉の奥を流れていったけれど、十分味見の範疇だった。
ゆっくりとついたため息の深さに、力石が目を丸くする。
「勧めて、悪かった?」
「え? そんなことはないよ。飲んでないし」
この悔しさは、夜、改めて飲み干そう。
絶対に、今夜はビールだ。
「本郷さん、今夜は、ビールだな。絶対に」
「……今、それを考えていた」
「美味しいだろうな。それだけ節制してたら」
ああ、そうだ。
俺のこの我慢は、夜に繋がっていくのだ。
同じ状況になっても、力石は今飲んでいるから、俺ほどビールを堪能出来ないだろう。
「よし、テンションがあがってきた! 夜はビールを飲むぞ!」
無意識に俺は、立ち上がっていた。
スプーンが跳ねる。
カレーを食べていたままのスプーンが……。
トレンチも、テーブルも、力石も、無傷だったのは、奇跡的だった。