今日はちょっと涼しいので、ものすごく熱燗飲みたいという思いが、小話になりました。
勢いで書いたので、非常に短い話です。
(朝の覚え書きの色について書くつもりが……なぜか、これに……)
今夜の店は、燗酒がうまい。
出された徳利とお猪口の、見た目、土っぽい具合がたまらず、うまさに拍車をかける。
もっとも俺は、何焼きとか、どこの銘柄とかには、まったく興味がないのだけど。
うまい物はうまい。
あっという間に二合を空けてしまった。
「いらっしゃい」
「空いてますか?」
「どうぞ」
その声に、一瞬酔いが覚めた。
振り返りたくもない。
「あれ、本郷さん」
「……また会ったな」
贅沢にも、俺は、ちょうど空いていたカウンターの両隣の空間をゆったりと、自由に使っていたのだ。
当たり前のように力石がやってきて、腰を下ろす。
俺の左側。
なんとなく、力石が椅子を引く手の動きを見てしまった。
「ほう、ゴキゲンに飲んでるね」
「うまいよ、全部」
「だろうね」
ちらりと壁のメニューを見上げて、いつもと変わらぬ注文する。
力石の隙のなさは、本気で憎い。
「あと、熱燗、一合お願いします」
「お……」
ちらりと、力石は俺を見た。
ということは、俺を意識してのメニュー。
「急に冷えてきたよね。やっぱ、熱燗がおいしいよ」
「そうだろうとも」
俺の真似。
力石は、俺を真似てきた。
いい感じの、今夜は、俺が優位に立った。
「早くに来てた?」
「ん、今日は時間があったんで、あちこち覗いてから来たというか……」
途中で神社に寄ったことを思い出した。
「そうだ。力石よ、いいものやる」
「え?」
「お土産、でもないけど……」
ポケットに無造作に突っ込んでいた、おみくじ。
「何、これ」
「何気なくひいたら、大吉だったんだよ。いいぞ、大吉だぜ。すごいだろ」
律儀に、力石は受け取ってくれた。
くしゃくしゃになっていたおみくじを広げる。
「けど、この大吉は、本郷さんのものだよね。俺がもらっても……」
「いいの、いいの。いい運は分けようぜ」
「へえ……待ち人、来る。願い、叶う。病、治る……全部いいよ、本郷さん」
読み上げていく力石の声がいい。
今まで気がつかなかったけれど、意外と若い声をしている。
酒が入ると、また変わってくるんだろうか。
力石は、丁寧に巻き直した。
開いてないかのようなきれいな形に戻る。
「ひとまず、ありがとう」
力石の熱燗が来た。
俺も残りをお猪口に移し、軽く乾杯する。
燗酒のいいところは、ゆっくりと変わっていく温度も楽しめるところだ。
力石は、ついたばかりの熱燗。
俺のは、少しおいた燗酒。
人生の差って感じがしてくる。
「ああ、うまい」
「俺も」
刺身も、煮付けも。
うまそうに食べる力石を見ていると、俺も追いかけたくなってきた。
「……いかん」
「どうした?」
「い、いや、なんでもない」
力石が、俺を追いかけている今夜なのに、腹具合もよくなってきた俺が、追いかけ直してどうする。
「そろそろ、帰る」
「あ、そうなんだ」
一瞬、力石の手が動いたように見えた。
「何?」
「なんでもない。またな」
「おう」
ふらりと立ち上がり、まだまだ歩けることの確認をする。
大丈夫、熱燗二合ぐらいで、酔っ払う俺ではない。
「気をつけて、本郷さん」
「おお、力石。おやすみ」
「……おやすみ」
飲み屋で交わす挨拶ではないけれど、とりあえず、力石に手を振って、俺は会計を済ませた。
店を出る前に、ちらっと力石を見た。
「なんと……」
きれいに巻いたおみくじを、もう一度ひらいて、力石はじっくり読んでいるようだった。
別に、暗号なんて隠してない。
力石が、あんなにおみくじを好きだとは知らなかった。
そのうち、一緒に神社を巡ってもいいかもしれない。
さっさと俺は、店を後にした。