地味な下ネタ有りですが、エロの欠片もありません。
今、脳内で「本郷さんかわいい祭」が絶賛開催中なので、ややヘタレ可愛いになりました。
接近は、したといっていいのか……力石がんばれ。
ギャグのつもりですが、微妙な乙女チック路線……??(いかんいかん)
「今夜はモツ焼き、モツ焼き天国!」
うっかり口づさんでしまうほど、気分は高揚していた。
この世の中で、俺ぐらい、モツ焼きを愛している男はいないかもしれない。
旨くて、安くて、穴場な店があると聞いたら、誰だってすぐに行くだろう。
そのつもりで、腹具合の照準を定めてきた。
駅から少し離れたところにあるけれど、途中で小さな神社を抜けると近道になる。
この神社は鳩が多い。
そういえば、なぜ神社や寺には鳩が住み着いているんだろう。
慈悲深いから、か。
「まさか、ここに力石がいたりは、しない……だろう、な……」
何気なく振り向いたら、見慣れた人影が立っていた。
俺から、変な声が漏れる。
「やあ、こんなところで何してるの?」
深くかぶっていたフードから、あっさりと顔を出す。
力石だ。
「お、おまえこそ……どうした?」
「ん? モツ焼き食べようと思って」
「ええっ!」
「ほら、ここ抜けると近いから」
もう。
どうして力石は、俺と同じことを考えているのだろう。
輝かしい俺だけのモツ焼きが、力石の魔の手にかかってしまう。
「ダメだ、ダメだ!」
「本郷さん?」
「鳩め!」
大きく息を吸って、勢いをつけた。
鳩の群れに向かって飛び込む。
完全に、八つ当たりの、嫌がらせだ。
羽ばたくもの、鳴くもの、飛び立ちもせず、歩き出すのんきな鳩もいる。
その間抜けな姿は、今の俺のようだ。
大げさに走り回り、時間をかけて、地面にとどまる鳩を蹴散らした。
「本郷さん、そんなに鳩追いかけて……食べるのか?」
「おまえなあ!」
「捕まえるなら、手伝うよ」
ものすごく真面目な目で見つめられる。
力石は、情けない俺を、じっと見ていたのだ。
鳩に当たり散らした自分が、情けなくなってきた。
「鳩よ、すまん……ん!」
「あ」
「うわ! 鳩の野郎!」
息を吐き出す間もない、一瞬の事だった。
頭を下げて謝った俺のコートに、鳩が糞を落とした。
二羽も。
それは見事に命中した。
身をよじらないと見えない、背中と、左肩の付け根だ。
衝撃なんてないはずなのに、銃で撃ち抜かれたような気になる。
嫌だ。嫌なシミだ。
ここから魂が抜けていきそうだ。
「……それは、本郷さんが悪いよ」
「力石は、鳩の肩を持つのか」
「……鳩の、肩……」
はじかれたように、力石が笑い出した。
「おい、笑いすぎだろ」
「本郷さん、今の、今のはすごくおかしい!」
「……どこが」
「だって、鳩の肩って……肩ってどこ?」
力石がどういう想像をしているのか、よくわかった。
鳩に人間みたいな肩がある、という意味で言ったわけではなかったのに。
笑いすぎた力石が、涙をぬぐう。
信じられない。
あのクールな力石が、こんなことで泣くほど笑うとは。
「ああ、おかしかった。本郷さん、そのコート、脱いだほうがいいよ」
「え、俺はいいよ。大丈夫だ」
「鳩の糞がついたままなんて、背中のは目立つよ」
「そうか?」
脱いで、何の気なしに、手を伸ばしていた力石に渡した。
そっと受け取った力石がつぶやく。
「あ。本郷さんの匂い」
「えっ……」
目の前が真っ暗になった。
力石の奴。
「お、俺は、鳩の糞臭いのか……」
「え」
「糞って、しかも糞臭いって……加齢臭がある中年って言われるよりも、ショックだ」
正直、まだ中年だとは思いたくない。
でも自分を、オジサンだと自覚することは、たまにある。
あるけれど、鳩の糞とはあんまりだ。
こっちが泣けてくる。
「本郷さん、涙……? マジで?」
「うるさい、おまえもさっき、泣いてただろ」
「俺は泣いてないけど」
さっきの力石は、笑いすぎて涙を流していた。
俺は、鳩の糞臭いと言われて涙を。
こんなところでも、差をつけやがる。
「あのさ、本郷さん。俺、そんなこと、一言も言ってないよ」
「……だって、今……」
「本郷さんの匂いって……タバコ、吸うだろ?」
「……あ、ああ」
「本郷さん、タバコ吸うんだなって、思い出しただけ」
タバコの匂いは、大人の男の嗜みだ。
加齢臭とは程遠い。
だったら、まあ、いいだろう。
「本郷さんが加齢臭とか、考えたこともなかった」
唐突に、力石が俺に顔を近づけてきた。
「り、力石っ」
肩のあたりで、わざとらしく鼻をならす。
「タバコ」
ちらりと、力石が俺を見ている。
けれど、近すぎて、うまく距離がとれない。
どうにか合わせようと、体を離したり、近づけたりしたせいで、足元がふらつく。
もう少しで力石の方に倒れこむところだった。
「大丈夫? 本郷さん。そんなにショックだった?」
「……そうでも、ないんだけど……足が……」
近すぎるのは、別に不快ではない。
でもそれをうまく言うことは出来ない。
不思議だ。
「俺、タバコでいい?」
「勿論」
力石の目は真っすぐだ。
少しだけ、心が穏やかになってきた。
すっと離れた力石が、何事もなかったかのように、店の方を指差す。
「コートは、早くクリーニングに出すとして、モツ焼き、行こうぜ」
「……あ! そうだったな」
「一杯ぐらい、おごるよ」
「いいよ、そんなの」
「本郷さんを、泣かせたお詫び」
「な、泣いてないって!」
「いいから。あそこのモツ焼きに冷酒、すごく合うんだぜ」
重要なことを思い出した。
モツ焼き、だ。
単純なもので、途端に気持ちが舞い上がる。
「そういえば本郷さん、さっき歌ってなかった?」
聞こえていたのか。
ごまかしたいけれど、かなり大きな声だったように思う。
「歌……って、ない、ことは、ない、っぽい……」
「まあ、いいけどね」
俺のコートを持ったまま、力石が先に歩き出す。
「待ってくれ、力石。やっぱり俺、コート着る」
「え、これ?」
「……風邪、ひ、く……!!」
絶妙なタイミングで、でかいくしゃみをしてしまった。
舞い戻ってきた足元の鳩が、さっきよりも激しく飛び立つほどに。
力石が、震えるように笑い出した。