勝手な妄想シリーズ(……)色々混ざったのと、多分私の好きなパターン……
力石は、タバコを吸っていない設定があります。
原作に一コマあったのは、本郷さんの妄想だったからという、それだけの理由で。
まあ、いつでも吸えるし、原作に出てきたら、もういっちょ小話投入する予定で!
今夜は一番隅のカウンター席で、隣に座る力石と酒を飲んでいる。
いつもよりのんびりしたペースで料理も楽しみ、日頃しない話なんかもしていた。
うっかり、俺が犬に対してちょっとだけ苦手な所がある、なんて言ってしまったのがきっかけだけど、全てはこののんびりした雰囲気のせいだ。
俺は、敵に弱点を晒してどうするつもりなんだろう。
「本郷さんは、犬が近寄ってきただけでも逃げるほど? 小さい犬もダメ?」
「そんなんじゃなくて、吠える……あの声が苦手かな」
「へえ。子供の頃に吠えられたとか?」
「……多分、そんな感じ」
普段は忘れている情けない記憶を思い出す。
こんな話をするのは、力石だからいい事にしておく。
実際、いつも一緒に飲んでいるのに、お互いの事はほとんど何も知らない。
食の宿敵だし、馴れ合うつもりは全くなかったけれど、酒が入ると楽しくなってきて、気がついたら力石しかこの世に存在していないような錯覚に陥る。
だらしなく気を許してしまう俺は、激しく酔うと、なぜか怪獣の話がとまらなくなる。
これは自分の目安だ。
あれはどこの店だったか。
ベロンベロンに酔っ払った、その時はまだ見ず知らずのオジサンだった俺に対して、不審な目をむけつつも、話に付き合ってくれたのは。
「力石はさ、そんなのないのか?」
「俺ねえ……じゃあ、今はタバコって言っておこうかな。禁煙してるし」
「む、むむ……」
力石が禁煙に成功していると聞いて、正直な所、内心ムカついていた。
俺は今まで、タバコをやめようと思った事はない。
タバコは大人の男の嗜みだ。
ずっとそんな風に思ってきたけれど、いつになったらその理想に届くのか、この年になっても全くわからない。
そして、誰も教えてはくれない。
なんの関係もないのに、俺は、力石に裏切られたような気がしていた。
「なあ、禁煙するほどタバコって、吸ってたっけ?」
「本郷さんと会う前はね」
涼しい顔で酒をあおる。
コップを握っている力石の手は、全く可愛げがない。
絶対に認めたくないけれど、この可愛げのなさは、完璧に通じる。
食の組み立てだけでも憎いのに、店主との何気ない会話も、席を立つタイミングまでも、力石は全てが俺のずっと先を行っている。
「それ、最近の話じゃないか。禁煙を名乗るのもおこがましくないか?」
「……結構前になると思うけど?」
「昨日今日のレベルだろ、そいつは」
「……新幹線で、本郷さんと弁当食べたの、昨日だった?」
「むむっ……」
真面目な顔で返された。
時折力石が、ぐっと大人びて見える瞬間だ。
言葉の流れで、うっかり言いすぎてしまった。
確かに、昨日今日ではない。
「じゃ、じゃあさ。もう全く吸いたくはないわけ? 禁煙って」
「ん……」
さりげなく話題を変えて、酒を飲み干す。
俺の不自然さに力石が笑ったのがわかった。
けれど、かわまず、強引に話を進める。
力石も、軽く酒をあおる。
その仕草を見ていると、タバコを吸っている力石という姿を、一度くらいは見てもよかったと思う。
多分、口を挟む隙もないくらい、決まっているのだろう。
俺よりも格好いいとは認めてやらないけれど、見えない物はじっくり見たい。
それが、正しい男の心理だ。
「そうだなあ。まあ、吸いたくなったら、飴でも舐めたらいいって聞くけど、俺、あまり飴は好きじゃないんだ」
「へえ、意外……」
「だから吸わずにいられるけど、意外?」
力石が首をかしげる。
「だって、おまえの口から、食べ物に関してあまり好きじゃないなんて、聞くとはな……」
「普通にあるけど。椎茸とか」
「あ、言ってたな」
すき焼きを食べに行った時、その事実を知ったのだ。
俺に押し付けて、肉を独り占めしようとしたのは、この際、思い出さないでおいてやる。
椎茸は、あんなにも美味しいのに。
網の上で炙って、ちょっと醤油をたらした所を食う、あの美味さを知らないなんて、力石はかわいそうだ。
「本郷さん、飴の代わり、何かくれよ」
「へ?」
力石が手を差し出してきた。
でも俺は、今、何も持っていない。
「……俺は禁煙なんざしないから、嫌がらせのようにタバコを渡すぞ」
「ひどいな」
俺の冗談は通じている。
力石は笑いながら、手をのばしたままだ。
この手を見るのは何度目だろう。
しっかりとした男の手を見て楽しいだなんて、俺は酔いが回りすぎている。
「じゃあ、本郷さんからタバコをもらうとするか」
「おいおい、何を言ってるんだ。せっかくの禁煙だろ? 大事にしろ」
「……本郷さんがくれるって……」
「継続は力なり、だ。おまえの苗字が混ざってる。守れ」
チカラ、と、小さく力石がつぶやいて、肩で笑う。
楽しそうだ。
「……面倒だから、もう、握手にしとこ」
「え」
不意打ちで、力石の手を握りしめてやった。
「握手でこんにちはって歌があっただろ。これでどうだ?」
「……いいね。この飴の代わり、すごく気に入った」
「そうだろ、そうだろ」
力石が素直に従っているのは、本当に気分がいい。
「タバコをやめた甲斐があるって、今初めて思ったよ」
「健康には留意しろよ」
「……本郷さんこそ。この先、タバコが欲しかったら、本郷さんの手を握ったらいいって事だな」
「へ?」
ぐっと、手を引き寄せられて、力が込められる。
さっきまでとは違う、本気の力だ。
俺の身体が斜めに傾く。
力石の方に。
力石の、方、に。
「お、おい!」
当然のようにバランスが崩れた。
側からみたら、俺が力石に抱きついたとしか思われかねない。
「ち、違うぞ」
「何が?
「身体、傾いただけで! 触ってないだろ? 俺、全然やましくないから!」
「……触っては、いるだろ?」
「あああ!」
「本郷さん、大丈夫か?」
慌てて離れようとした俺の手に、もう一度力石の力がこもる。
「タバコの匂いをありがとう」
小さい呟きが聞こえて、力石が俺の身体を起こしてくれた。