格好いい力石祭り〜と、またしても勝手に盛り上がってますが、力石はいつも格好いいんだった(笑)
私はどれだけ整体ネタが好きなのか。
そして、なぜか整体から気の長い(長すぎる)ラブな話になりました。
腹の底から満足した昼飲みで、ご機嫌の帰り道だった。
駅までは、まだ少し距離がある。
いい調子で入った酒の勢いを大事にしようと、いつもよりゆっくりと歩く。
寒くはないけれど、暑くもない。
この季節は気持ちがいい。
もう一軒行ってもいいかも、なんてあたりを見回した時だった。
「あれ、本郷さん、早いな」
唐突に背後から声をかけられた。
慌てて振り向く。
「いてっ!」
「大丈夫か?」
パーカーのフードを深くかぶった力石が、俺の顔を覗き込んでくる。
「……腰、ひねった……」
「腰? 今ので?」
嫌味ったらしい力石は、喉の奥で笑う。
「その慌てっぷり。何かやましい事でもあったのか?」
「へ? そんなのないよ」
「ふうん」
ポケットに突っ込んでいた両手が出てきて、フードを外した。
改めて、目の前にいるのが力石だと認識する。
「ひゃっ!」
「ひねったのって、ここら?」
不意打ちで、力石の手が、俺の腰を撫でた。
「あ、いや、もうちょい、右……」
「こっち?」
「おおっ!」
厚いコートの上からなのに、異様にくすぐったい。
たまらず、悲鳴をあげてしまう。
力石の手は、何か特殊な念動力でも発揮しているんだろうか。
直接触れられているような錯覚を起こしてしまう。
「い、いいよ、大丈夫」
「本郷さん、整体に通ってるって言ったろ? ちょっと勉強してみた」
「勉強?」
「肩と腰がバキバキに凝るんだよな、本郷さんは」
声が嬉しそうだ。
「素人が触っていい世界じゃないぞ! 特に腰から背骨には、身体中の神経が通っているんだ。そんな……」
決して、力石の手が嫌だった訳ではない。
むしろ、この手は気持ちがよかった。
道の真ん中で転がってしまいそうなくらい、気持ちよくなってしまう自分が怖かったのだ。
「それもそうか。ごめん。本郷さんにはきちんとした先生がいたんだったな」
素直に謝られたら、俺が悪くなってしまう。
そうではないのだ。
「いや、おまえは悪くない。けど、俺がヒゲ先生に……別の手が入ったの、バレるかもしれんし」
「……本郷さんは、一途なんだな」
「へ?」
「浮気はしないって感じ? すごくらしいよ」
爽やかな笑顔で、力石は頷いている。
真剣に何やら複雑な誤解をされたようだ。
「あ、あのさ、ヒゲ先生はものすごく信頼してるけど、別に好きとか、まして、浮気とか……そういうのは全然関係ないから」
「ふうん」
「とにかく、腕がいいんだよ。本当に。だから、誤解はしないでくれよ?」
「別に俺、何も言ってないけど?」
穏やかに言われて、顔が熱くなる。
力石の言う通りだ。
「それに、俺が誤解しても、別にどうって事はないんだろ?」
「……む……」
力石から見える俺は、どんな感じなんだろう。
今、不意に興味がわいてきた。
「なあ、力石から見た俺って、どんな感じ?」
「変」
「へ?」
「すごく変」
追い討ちをかけられて、打ちのめされた。
まさか、すごく変だとは、思ってもなかった。
クールだとは言うまい。
せめて、格好いいとか、落ち着いた大人の男だとか、そういう、アダルトな路線を言ってもらいたかった。
真昼間から、俺は絶望している。
「そこがいいんだけど」
「……よくない……そんな、付け足したみたいなの……」
「どうしたよ、本郷さん」
その飄々とした態度ときたら。
力石は、決して動じる事がない。
最初に出会ったおでん屋から、一度も己のスタイルを崩した事がなく、時折、酒や料理が美味いと笑顔になったりするけれど、それでも落ち着きを払っている。
俺だって、そうありたいのに。
「……おまえって、俺のりそ……」
理想。
言いかけて、飛び上がるくらい驚いた。
今の俺は、多分スカイツリーを越えたと思う。
まさか力石に聞こえてないだろうな。
「何?」
「いや、いや! なんでもない。言い間違えた!」
跳ねる心臓の音も恥ずかしい。
手で押さえても、わかる。
「おお……バクバク言ってる……」
「どれ?」
「こらっ! エッチ……いっ、あ、イテテっ……!」
俺の胸に手を伸ばしてきた力石をさけようとして、再び腰をひねってしまった。
なさけないだけの声が漏れる。
「本郷さんよ、落ち着いたら?」
「落ち、ついてるよ、ずっと……」
「もう一軒行く? まだ昼だし、時間があるなら」
「お?」
「その先に、酒と魚の美味い店がある」
誘惑の言葉だ。
腰の痛みの原因を忘れて、思い切り頷いてしまう。
「手」
「え?」
「引っ張ってやるから」
「お、おい……」
周りに人はいなかった。
いても、今更気にする必要はない。
恐る恐る、力石に手を差し出す。
きつく握りしめられるのかと思ったら、意外なくらい優しい感触で包まれた。
「あれ? 俺を引っ張って行くんじゃなかった?」
「本郷さん、腰が痛いんだろ? そっとするに決まってる」
力石に従って、ゆっくりと歩く。
ひねりはしたけれど、歩けないほどでもない。
「……おまえな、介護職も似合ってる」
「俺が?」
テレビなんかで見る介護関係の特集が頭に浮かんだ。
力石の手は、つきそう職員の姿を思い出させた。
「……職業はおいといて。俺が介護するのは……もう決まってる、というか……」
「へえ。親孝行だな」
力石が吹き出した。
「もしかして、介護するって、あれ、俺とか言わないだろうな?」
二軒目の飲み屋は確かに美味い店だった。
冷酒を軽くひっかけたところで、唐突に理解して、叫んだ。
なんと失礼な。
「わかった?」
俺と同じように冷酒を飲みながら、力石が笑う。
「おまえは、俺をどんなジジイだと……」
「そういう意味じゃなくて、俺がいるから大丈夫だって話」
「……俺の方こそ、おまえの介護をしてやるから、安心しろ」
「へえ、楽しみにしてるよ。その前に、腰は治した方がいい」
「む、むう……」
再び、力石が笑い出した。
気がついたら、俺もつられて笑っていた。
冷酒がどんどん空いていく、恐ろしい昼飲みの始まりだった。