勝手な妄想シリーズ(そんなのはないんですが…)
二人とも、携帯電話は持ってるだろうなあという妄想から。単語的には携帯で統一します。
力石もあのポケットに入ってるのかな?
※ 更新後、あっさりとスマホを持ってる本郷さんを原作で見つけてショック!!
ちょっとだけ辻褄を合わせる修正しました。
ずいぶんと飲んだ。
久し振りに力石が、俺に見せつけるかのような食の組み立てで攻めて来た。
ここしばらく、意外なくらいに距離が縮まっていて、なんとなく慣れ合っていたような矢先の陣立てに、俺は頭から冷水をぶっかけられた気持ちで落ち込んでしまった。
何を選択しても勝てる気がしない。
完全なる敗北という、嫌な言葉が頭をよぎる。
涼しい顔をして、燗酒を飲み干す喉元が憎い。
力石の手の中に、簡単に収まるお猪口も憎い。
「……本郷さん? どうした、変な顔して」
「へ? べ、別に。俺はいつも通りだけど?」
「……そうだな。確かに、いつもと変わらない、か」
力石には、俺の背中で燃えさかる怒りの炎が見えないらしい。
全く。
奴は、どこでその憎らしいほどの知識を得ているのだろうか。
今時の若者だから、ネットを駆使しているのかもしれない。
俺の若い頃なんて、探し回って本を読むしか、手段はなかったというのに。
「いい時代になったもんだよなあ」
「……熱燗も美味いし?」
俺と力石の考えている事に、なんの共通点もなかった。
けれど、思わず笑顔で頷いてしまう。
美味い熱燗は、力石に言われなくても美味い。
「なあ本郷さん、ずいぶん酔ってるみたいだけど、大丈夫か?」
「お? 俺、そんなに酔ってるか?まだ徳利二本……と一本……半、か」
今夜は割り勘だ。
さりげなく力石の方に空いた徳利を転がして、俺の飲んだ数をごまかしていた。
それを言いたかったんだろうか。
抜け目のない力石め。
次は俺が奢るとしよう。
「この間ふと思ったんだけど、俺、本郷さんの携帯の番号知らない」
「え?」
「教えてもらってもいい?」
携帯の番号ときた。
言われてみれば、俺だって力石の番号は知らない。
お互いに、連絡先のひとつも知らなくて、よくこれだけ顔を合わせて飲むことが出来るものだ。
偶然とはいえ、何やら不思議な縁を感じる。
単純に考えたら、選ぶ店が似ているだけの、縁も不思議も関係ない話になるけれど。
「よし。いいか? ちゃんとメモしろよ。ペン、あるか?」
「ん? 今登録する」
「あ、そう」
ポケットに手を突っ込む。
酔っているせいか、出すだけなのに、何やら手間取ってしまった。
力石はそんな俺を見守っているようだ。
「最近は、携帯も薄くて軽くなったもんだよな。板だぜ板。スマホって、名前までハイカラだし」
「……そんな認識か……」
「だって俺、こんなに分厚くて、こんなに重い時代の携帯電話から知ってるぜ」
「へえ」
「ネットも出来ない時あったし、料金だって、もっともっと高くてな。大変だったよ」
力石は俺よりもずっと若い。
こんな説明で理解出来るとは思えないけれど、そんな説明をしながら、技術の進歩に改めて感心していた。
「本郷さん、長く使ってるんだな。番号もずっと変わらず?」
「……ああ、そういえばそうかも」
あまり人に教えないから、変える必要がない。
それを疑問に思った事もなかった。
力石がおかしな笑い方をした。
その意味を問い正そうとして、ふと言葉に詰まってしまった。
「えと、俺の番号は……」
機種変更を重ねただけで、番号は変わらない。
立板に水を流すように、自然に口から出てくる番号だ。
それなのに、思い出せない。
「あれ? ちょっと待てよ。俺の、何番だっけ……」
「……じゃあ、また後でいいよ。悪かったな、本郷さん」
「何? どうした、力石。ちょっと待ってくれたら思い出す……」
「だから、また改めてでいいって」
「なんだよ、その顔は」
クールで表情を崩さないのが力石だ。
けれど、今は違う。
眉毛が二ミリ、悲しそうに動いた。
「顔って……普通だろ」
「いや。俺にはわかる。何を企んでるんだ?」
ぐっと近づいて、その顔を覗き込んだ。
力石が、俺を見る。
まっすぐに見つめてくるけれど、じっと睨み続けていたら、ほんの一瞬、目をそらした。
「ほら見ろ!」
「本郷さん、暑苦しい」
「なっ……」
笑った力石は、もう元どおりだ。
さっきの一瞬は、何だったのか。
「もしかして、本郷さん、俺に番号を教えたくないのかと」
「え? なんで? どうしてそんな結論に達するんだ?」
「ずっと使ってる自分の番号が思い出せないなんて、うまい言い回しだろ?」
「……へ?」
驚いたのは俺だ。
思わず、頭を大きく振ってしまう。
勢いで帽子が飛んだ。
慌てた力石が、手を伸ばして帽子を拾ってくれる。
「……おお……今の、すごい酔いが、回った……」
「大丈夫か?」
「すまん、ちょっと、落ち着く」
力石に帽子をかぶせてもらって、おしぼりまで借りる。
そっと目に当てたおしぼりは、俺のより冷たくて、落ち着く気がした。
「真剣に思い出せないのと、あまり人に教えないから、咄嗟に出てこなかったんだよ」
「……驚いた。本郷さん、俺よりも長く使ってるんだよな?」
「ああ、多分ね」
「それで、その程度の知識か」
「……おまえなあ!」
「ちょっと貸してくれる?」
力石が俺の携帯を掴んで、眺めている。
「……本郷さん、これ、パスワードもかかってないのか」
「何、それ」
「不用心だな」
正直、最小限の使い方しかしていない。
歴代の機種がそうだ。
きっと、力石の方が使いこなしているんだろう。
嫌味なくらい、その仕草が目に見える。
ああ、こんな事でまた差をつけられた。
「はい。ありがとう」
「え? 今、何やった? そんな簡単?」
力石は笑っている。
「ちゃんと登録した」
「俺も登録したい」
「だから、俺のも本郷さんのに」
「え? 今? おまえ、見てただけじゃないか」
「……そんなにかからないよ」
涼しい顔で、まだ俺の携帯を撫でている。
「メールでもいいんだけど、本郷さん、何かあったら電話で」
「……それは、こっちのセリフだ」
「そう?」
「声聞くのが一番だ」
少しは、年相応に落ち着いた姿を見せておかないといけない。
酔っている時の俺は、なぜかそういう使命感に燃えてしまう。
憎いライバルなのに。
「わかった」
そっと俺に携帯を返した力石が、嫌味なくらい不敵に笑った。