正直なところ、力石は、何を考えているのか分からない。
俺よりも若そうだから、年代の差もある。そこは納得している。
けれど、それだけでは上手い説明がつかない。
いきなり年寄りくさい言い回しをしたり、仕草が俺よりも大人びていたり。
どんな出方をしてくるのか気にしていたら、目を離す隙がない。
全くおかしな奴だ。
そして、そんな力石をずっと見ている俺も、多分、おかしい。
「本郷さん、どうした?」
どうしたも何も。
俺の頼んだ酒と肴がやってきて、本格的に飲もうとした時、力石が口を開いた。
今夜は、ややゆっくり出来る店を選んで来た。
そこに力石がいて、俺よりもゆっくり飲んでいる姿に出くわしたけれど、今夜は驚きもしなかった。
手招きされて、そのまま腰をおろす。
テーブル席で飲んでいた力石は、そこで広げる皿の配置も完璧だ。
熱燗と、とりあえずの二品が並ぶ。空白にすら無駄がない。
憎い。
憎いと、睨んでいる時に、おもむろに力石が謎の包みを取り出したのだ。
「開けてみて。変なものじゃないから」
先日出会った飲み屋で、どうやら俺は、散々力石相手にクダを巻いたらしい。
らしいというのは、半分覚えていて、半分忘れているからなのだけど、布団の中で目を覚ました時の絶望感たるや、二度と酒なんざ飲まない……とまでは思わなかったのが、俺のいいところにしておく。
思い出したら恥ずかしい酔いの責任は、ヤツにあるらしい。
「本郷さん?」
「お、おお」
見たことのないきれいな包装紙と、不思議な色のリボンに包まれた箱からは、中に何が入っているのか想像もつかない。
大体、こういうシロモノを、貰った記憶自体が遠い。
そんな自分が切なくなる。
「結構、悩んだ」
「力石が?」
「ああ」
悩んだという顔ではない。
どこか嬉しそうな口元が、力石らしくなくて、見ている俺が不思議な気持ちになってくる。
くすぐったいというか、むず痒いというか。
力石の口から、悩んだという言葉を聞いたのは初めてのような気がした。
「これ、ほんとに俺で……いい、の?」
最後通告のつもりだった。
開ける前なら、間違いだったと言われても、穏やかに納得出来る。
「勿論。俺、こういうの、本郷さんにしか渡さないから」
その言葉は、やけに特別な空気をはらんで俺の中に残る。
俺だけという特別感は、憎い力石から言われても嬉しい。
「よし。後悔するなよ」
「何をだよ……」
手が震えないように、つとめて真面目な顔で包みに手をかけた。
「あうっ……!」
慎重すぎて手が震えた。いきなり、バリッと端が破れてしまう。
力石が笑った。
「な、なんで、笑うんだ?」
「想像どおりだから」
こいつは、俺をどんな粗忽な人間だと思っているんだろう。
全く、ムカつく奴だ。
多少の手土産で、簡単に許してやれるものではない。
「……お」
思ったより、薄い箱だった。
しかし、俺の目には、守りも硬い宝箱のように見える。
緊張のあまり、そっと触れてみたのに、なぜかへこんでしまう。
「本郷さん、力、はいりすぎだ」
「そんな力入れてないぞ。これ、ちり紙で出来てるんじゃないか?」
「ちり紙って……」
俺は、力石を笑わせるために、この箱を開けているんじゃなかろうか。
俺が何か言うたびに、力石は笑う。
「……む、むっ……」
慎重に、箱を開けた。
中に入っていたのは、見るからに温かそうな手袋だった。
「……これは……」
「手袋。本郷さんに似合いそうだろ?」
「いや、手袋なのは分かる。なんで、こいつを俺に?」
力石が俺を見ている。
「この間、本郷さんの手が、あまりにも冷たかったから」
「いや……」
「カイロにしようかと思ったんだけど、手袋の方が指先まで包むし」
先日の俺は冷え切っていた。寒さは例年どおりだと思う。
力石は、その冷えを老化だと茶化したのだ。
ああ。泥酔のきっかけを思い出した。
「思い出した。あれな、老化ではなくて、シャツを一枚着忘れて……」
「……悪かったよ。言いすぎた……え?」
「へ?」
思わず見つめ合う。
力石は、原因がわかって安堵した顔で、俺は、その信じられない殊勝さに、だ。
「なんだ。だったらよかった」
「お、おお。悪かったのは俺だ」
「……でもあの夜、本郷さんが泥酔したのは、俺のせいだよな?」
「そ、そんな事はないぞ」
思わず、握りこぶしを固めて、力強く言ってしまった。
一瞬、目を見開いた力石が、再び笑う。
「酔うのは、本人……この場合、俺な? シャツを着忘れた、俺の不徳の致すところだ」
「……不徳……」
「おまえは気にしなくていい。ついでに俺も、気にせず飲むぞ」
先日の失敗は、一枚のシャツだ。
理由がわかればもう泥酔もしない、だろう。
「飲むのはよしとして、手袋……」
「ありがたく、いただくよ。本当にいいんだな?」
「勿論」
俺のための贈り物。
そう思うと、何やらこの箱自体から熱を発してるように思えてくる。
俺が持っている物の中で、一番温かいシロモノかもしれない。
最後に貰ったのは、いつで、誰からだっただろう。
完全に忘れてしまうほど、遠い。
改めて、これから始めてもいい。
指の先でちょっとだけ、手袋に触れてみた。
力石の視線が恥ずかしくて、今は、それ以上無理だ。
「うん。寒くて、凍え死にそうな日があったら、出番だ」
「……今夜は違う?」
「今夜? もったいない事言うなよ」
「もったいないって……」
「こんなの、貰った事ないし……あ、いや……」
力石が、じっと俺を見る。
人から贈り物を貰った記憶が遠いという俺の弱点を、改めて力石に暴露する必要はない。
「ありがとう」
「ああ」
破ってしまった包みも、雑にまとめたリボンも、全部ひっくるめて、手の中に抱えた。
これは、今夜の記念。特別な贈り物だ。
忘れないためにも、大事にとっておこうと思う。
「……今夜が寒かったらよかった」
「ん?」
「なんでもないよ」
酒をあおる力石につられて、俺もようやく箸を伸ばした。