日頃、なんでもない言葉から、恐ろしい勢いで妄想広がります(単純)
世の中のすべては、本郷さんと力石につながっている……!
いつも、楽しそうにいっぱい飲み食べしていてくれたらいいなあ。
あ、本郷さんは熱く対決してたっけ(笑)
勿論そこに、さりげないイチャイチャを見出す楽しみがあるのです。
「本郷さん、もう酔った?」
唐突に力石が、けしからん事を言い出した。
今夜の熱燗は、まだ始まったばかりだ。
楽しんでいる刺身だって、このまま水に戻したら、勢いよく泳ぎそうなくらい新鮮だ。
力石の箸が、そっと刺身を連れていく。
醤油につけて、そのまま口元に。
「……本郷さん?」
「あ、食べてる、食べてるよ」
今俺は、力石の動きのままに、口を開けて見守っていたのだ。
格好悪い。最悪だ。
わかった。
刺身の美味さに、独り占めしたくなったという事か。
「ああ、力石よ。おまえこそ、酔ってるんじゃないか? その刺身、俺が食べてやってもいいぞ」
「……ん? 食べる?」
何のためらいもなく、力石は俺に皿を差し向けた。
あ、れ?
「あ、酒の方がよかった?」
「……い、いや、力石こそ、腹具合はどうだ?」
「食べてるよ。すごく美味しい。この店いいね」
「む、う……」
力石の表情からは、奴が何を考えているのか、全く読めない。
それは、顔を合わせたら飲むようになって、少しも変わらないのだけれど。
嫌々じゃないのはわかる。
「さっきの話の続きだけど」
「へ?」
「本郷さん、言ったじゃないか。夜中に目が覚めるって」
「ああ……」
そういえば、そんな話をしていた。
ここしばらく、変な時間に目が覚める。
ひどく酒に酔った時でも、体内に正確な目覚ましがあるのか、身体は動かなくても、しっかりと意識は戻るのだ。
「それってさ、年かな」
「は?」
「年とると、人間朝が早くなるって聞くから」
痛いところを突かれてしまった。
失礼な、とか、無礼な、とは、不思議と思わなかった。
実は、俺もひそかに恐れていたのだ。
もしかして俺は、知らぬ間にそんな年齢に足を踏み入れていたのだろうか。
恐ろしい。なんて恐ろしい事実なんだろう。
そんな重大な秘密を、力石に気づかれてしまうとは。
「まあ、ここしばらく急に寒いのと、気圧の関係で、眠りが浅くなったりするのかも」
「……なるほど……」
「ごめん。本郷さんに限って、年はないよな」
「そ、そう?」
少し、光が見えた。
力石の言葉に、説得力まで感じる。
こいつは、いい奴なのだ。
こんな事で俺を騙す意味はないだろうから、素直に受け取っておこう。
けれど、だ。
「……実はな、俺が目を覚ます時間というのが、なぜか丑三つ時なんだよ」
「え?」
まんざら嘘でもない。
ふと時計を見たら、夜中の二時前後が多いだけだ。
力石に言われっぱなしもない。
怖がらせてやろうと、少し神妙な声で囁いてみた。
「もしかして俺、何かに祟られてるのかもしれないぜ」
「本郷さん……」
大笑いして、冗談だと言うつもりだった。
それなのに、真面目な顔をしている力石にドキリとした。
「……ウシミツドキって、何? 蜂蜜の仲間?」
「おまえは、何を……」
「聞いた事ない。牛の蜂蜜? そんなのあったっけ」
そう言って、力石はお猪口を飲み干す。
「いや、丑三つ時って、言うだろ? 普通に」
「……うーん……」
力石はこういう奴だ。
何でも知っているように見せかけて、大事なところが抜けている。
丑三つ時を知らないなんて、普通にありえない。
おかしい。
無知な力石がおかしくてたまらない。
でも、ここで大声で笑う事は、力石を傷つけてしまうかもしれない。
例え食のライバルで、俺をいつもやり込める相手だとしても、今目の前で考えている力石は、丑三つ時も知らない若者なのだ。
ぐっと我慢して、温かい目で力石を見守る。
「おまえさ、怖い映画とか、話、興味ないの?」
ダメだ。声に笑いがこもってしまう。
小さく首を傾げながら、力石は考えている。
「あんまり」
「え、嘘?」
「一応見るけど、見るだけ。怖いも何も思った事ないよ」
意外すぎる答えだった。
「あのな、丑三つ時って、幽霊が一番活躍する時間らしいぞ」
「……かつ、やく……」
力石が吹き出した。
「何だよ」
「幽霊って、活躍するんだ。本郷さん、その言い方じゃ、ちっとも怖くない」
「この場合、活躍っていうのは、ものすごく怖がらせるって意味だろ」
「……見た事ないからなあ……」
「それは、俺もだけど」
力石が俺を見る。
「一緒だ」
「お、おお……」
とっさに力石よりも先に徳利を掴んで、お猪口を要求する。
力石の手の中のお猪口は、実にいい具合に収まっている。
持ち方がいい。
「まだ、熱いよな」
「そうだな」
「もう一合ぐらい、飲むか?」
「じゃあ、あっちの銘柄にしよう。あれもすごく……」
「美味いよ、すごく美味い。幽霊も裸足で逃げ出す美味さだ」
力石の言葉を取ってやった。
毎回、先を譲る訳にはいかない。
今、力石が言おうとした酒も、燗が美味いのは俺だって知っている。
壁に貼ってあるメニューを指差して、声高らかに俺が、注文をした。
「力石?」
ふと視線を戻すと、力石が肩で笑っている。
「本郷さん……俺を笑わせてくれるから……」
「え? 何? おまえの、牛の蜂蜜より面白い事、言ったか?」
「幽霊が裸足でって……幽霊に足がないのは、俺だって知ってる」
「……あ、そこ?」
力石の笑いが止まらない。
「そんなにおかしいか?」
「本郷さんの言い方、かな」
「おまえの方こそ、牛の蜂蜜はない。蜂蜜って、蜂だろ? 牛、関係ないじゃないか」
返事もなく、力石は笑いながら頷いている。
笑わせたという事は、俺の勝ち、だと思っていいだろう。
年の初めから縁起がいい。
なんとなく偉そうな気分になった時、熱燗がやってきた。
「力石、乾杯だ」
「ああ」
徳利とお猪口。
何度も繰り返した楽しみだ。
「そういえば、祟りとかって、お酒で払ったっけ……」
「へえ。初耳だ」
カチリと交わしたお猪口の音は、いつ聞いてもいい。
多分、この音がある限り、俺も力石も、笑いこそすれ、怖い思いはしないような気がした。