気にしても仕方がないけれど、今夜の店は不本意だった。

店を出て、さりげなく空を見上げる。
暗い夜は、何も見えない。

「悪い、おまたせ」
「ああ」

用を足すからと言った本郷さんは、遅れて出てきた。

「いい店だったよな」
「そうだな……」

いつもと変わらず、本郷さんに出くわし、楽しく飲んだ。
料理も酒もいい。
カウンター席で、店主と会話も楽しめた。
そこに不満は全くない。

ただ、本郷さんの隣に座ったカップルが、気に障った。

「力石、何かあったか？」
「ん？」

本郷さんの言葉を流すように、大きく身体を伸ばした。
それから並んで歩き出す。

「おまえ、全然酔ってないだろ」
「そんな事はないよ」

確かに、酔ってはない。いつもよりは飲んだつもりでいた。
本郷さんに気付かれるとは。

「力石、もしかして……」

本郷さんの顔が曇る。
今まで楽しく飲んでいた人に、こんな気をつかわせてはいけない。
慌てて笑顔を作ってみた。

「いや、本郷さんが悪いとかじゃなく……」
「俺、おまえの嫌いな食べ物、すすめたか？」

その、情けなさそうな声に、肩の力が抜けてしまった。
ちゃんとした笑いがこみあげてくる。

「ちっとも。好きな物ばかりだったよ」
「だったらどうしてそんな……」

そっと、ため息をついた。

「……今、本郷さんの隣にカップルがいただろ？」
「おお。美人で巨乳！」

俺は、そんな所は
見てなかった。
全く。本郷さんの視線がどこに集まるのか、とても分かりやすい。

「その巨乳が、ずっと本郷さんを見てた」
「ナニ？」

本郷さんの目の色が変わった。

「力石よ、そういう事は、もっと早く言えって！」
「カップルだったから」
「そうだとしても！ 俺の見方がもうちょっと変わるだろ」

何だか、胃が重い。
そっと腹のあたりを撫でる。

「ああ、もったいない」
「本郷さんはああいうのがいいんだな……」

何気なく呟いた。
胃が重いのは、飲みすぎたせいだろうか。
しばらく、味わってなかった。

「本郷さん？」

ふと気付くと、隣に本郷さんがいなかった。
慌てて振り返ると、途中で立ち止まったまま、俺を睨んでいる。

「どうした、本郷さ……」

戻ろうかと思ったら、本郷さんが追いかけてきた。
俺以上に酔いが回っているのだろうか。

「あのな、力石」
「ん？」
「おまえだ」

意味が分からない。
本郷さんの顔を見つめる。
酔いすぎてはない気もする。

「巨乳が見てたの、おまえ」
「俺？」
「顔見ると、視線を追ってしまうから……胸見てたんだよ、俺は」

今の本郷さんの言葉は、どう解釈しよう。

「ずるいよな」
「何が」
「色々、だ！」

本郷さんが駆け出すかのように、飛び出した。

「本郷さん！」
「飲み直そう。まだ大丈夫だろ？」
「……いいな」

口直しを、本郷さんと出来るのはいい。
単純なもので、胃の重さはどこかにいってしまった。

「力石」

不意に本郷さんの足が止まって、勢いよく振り向いた。

「何？」
「なんでもない。肉、食べるぞ」
「今から？」
「おう！」

おかしな態度の本郷さんは、酔っているのではなく、もしかしたら、俺と同じ事を思っていたのかもしれない。