ふと思いついた一言を、ひとまず呟きました。
が、もうちょっと深く考えてみたくなったので、小話に。
いつも通りの甘酸っぱい系……が、書きあがったら残念な感じになってしまったかも。
※ 本郷さんちの小物が不明なので、原作で出て来たら修正したいです。
サイトでは、オフを念頭に置いてないので(追記 行き着く先は「ラブ・インスピレーション」ですが、あくまでも小話は小話という意味です。なんか変な書き方になりました)距離に時差が出来てしまうけど、そこらはどうにか乗り越える方向で、しばらく進みます。
「なあ力石、飲み直さないか? 俺んちで」
本郷さんは、酔っ払っている。
今夜の店は大当たりで、何もかもが美味かった。
本郷さんもご機嫌で、いつもより楽しく盛り上がった。
その勢いのままで言ってるみたいだ。
「……本郷さんち? 俺はいいけど、いいのか?」
「もちろんよ。実はいい酒を手に入れてな。一人で飲むにはもったいなくって」
こういう誘われ方は初めてだ。
いつか、俺から本郷さんを、こうやって誘おうと思っていたのに、先を越されてしまった。
「それは楽しみだな」
おぼつかない足取りの本郷さんを、さりげなく支えながら、一体この人は、どんな所に住んでいるんだろうという興味で、ワクワクしてしまった。
どう考えても、冷たい機能的なマンションのイメージはない。
いきなりバスローブを羽織って、ワイングラスを回していたら、俺は笑いすぎて死んでしまいそうだ。
多分、本郷さんが選ぶのは、長く住んでいる古いアパートで、周りには大きな木があったりして、引っ越す気になれない居心地のいい所だろう。
「……当たった」
「何が?」
「いや、俺の勘も大したもんだと思って」
想像通りのアパートだった。
おかしくて、本郷さんの後を歩きながら、何度も笑いが漏れてしまった。
「……力石が笑ってるの、なんか企んでるような気がする」
「企んでないって。あ、酒と肴、買わなかったけど平気?」
「おお。腹はいっぱいだしな。肴は……何か残ってるだろ」
完璧な、男の一人暮らしって感じに、ますます本郷さんに好感が持てた。
酒は、一升瓶が二本あった。
なかなか手に入らない、隠れた人気の銘柄だ。
「確かに、一人で飲むにはもったいないな……」
「だろ? 俺の周りに、こいつを勧められる奴なんていなくてさ」
選ばれたのが俺で、素直に嬉しい。
冷蔵庫に入らない一升瓶だけど、この寒さで意外と冷えていた。
美味い日本酒は、常温でも美味いと思う。
肴も、何か残っているという半端な状態ではなく、豆腐と野菜という充実っぷりだ。
簡単に湯豆腐を作って、こたつの上に並べた。
本郷さんが。
すっかり、その手際のよさに感動してしまった。
本郷さんは、ただの酔っ払いじゃない。
「まあ、いってくれ」
「いただき、ます」
料理の割に、皿やコップは揃ってない。
日常の本郷さんを想像して、笑いをこらえながら、酒を注いで乾杯する。
実に美味い酒だった。
「あれ? 本郷さん、暖房器具は?」
あまり話らしい話もせずに、ただ、酒を楽しんでいた。
ゆっくりとした時間が心地よい。
ずいぶん、飲んでしまった気がする。
ふと、肩のあたりの寒さに気づいて、部屋を見回した。
「ん? 寒いか? 俺はこたつがあるから平気」
「……まあ、足の方が温かいから、俺も平気だけど……こたつしかないのか?」
「こたつは万能なんだぞ。このままもぐると眠れるんだから。普段俺だけだし、こたつがあれば何もいらない」
「それ、絶対に風邪引く原因だ」
「そう思うだろ? けど俺な、風邪って引いたことないんだ……」
本郷さんが、子供みたいに笑う。
想像するだけでも恐ろしい。
このまま一人だと、本郷さんは、孤独死しそうだ。
「あ、力石。その先は言うな!」
「え?」
「バカは風邪引かないって言うんだろ。全く、おまえという奴は」
「……言ってないし……」
勢いよく、本郷さんがコップの酒を、ぐっと煽った。
喉の動きで、酒の流れがわかる。
本郷さんの飲み方は、実にきれいだ。
たまにひどく酔っ払っている時もあるけれど、人に絡んだり、乱暴したりする訳ではない。
謎な独り言が多くなっていて、あれは、こっそり聞く楽しみがある。
本郷さんには内緒だけど。
「……今夜、会えてよかったよ。酒も肴も、本郷さんちも、じっくり堪能した」
「おお。俺も、力石を誘えてよかった」
もう一度、乾杯する。
何度繰り返しても、コップの重なる音はいい。
こうやって聞くたび、本郷さんとの距離も縮まる気がする。
「……あ、こんな時間か」
「ん?」
ふと時計に目をやって、時間を知ってしまった。
帰る、いいタイミングだ。
さすがに初めて来た家に泊まるほど、俺は図々しくない。
「もう面倒だから、泊まっていけば?」
心臓を、鷲掴みにされたかと思った。
「泊まるって、ここに?」
「あ、泊まりたくない?」
「……いや、そうじゃなくて……」
本郷さんは酔っている。
深い意味はない。
いや、深い意味があっても、どこで判断しようか。
「ああ、布団がないか……俺、こたつで寝るから、力石、布団で寝たらいい」
「それはあんまりだろ?」
「慣れてるから大丈夫」
「そういう問題じゃなくて」
考えた本郷さんが、ポン、と手を打った。
「んじゃ、布団をこたつに近づけて、俺がこたつに半分身体入れるから。それでどうだ?」
「……そこまでこたつにこだわるなら、それでもいいけど……」
今夜は、飲みすぎた。
当然、本郷さんの家なら、泊まって帰ってもいい。
けれど、今の会話じゃ、ほぼ一つの布団に一緒に眠る事になる。
そこまで接近して、無意識に触れたくなったらどうしよう。
「俺な、ずっと思ってた事があって、力石に聞きたかったんだけど……」
「何?」
本郷さんが何を言い出すのか、ドキドキしてしまった。
「布団敷いて、横になって寝るだろ?」
「ああ」
今夜、本郷さんは、どういうつもりで俺を誘ってきたんだろう。
もしかして、このまま。
「どうやったら一升瓶、飲みながら眠れると思う?」
「は?」
「こう、抱えて寝るだろ? 酔ってなくても、絶対にこぼすんだよな」
開いた口が塞がらなかった。
本郷さんは、本郷さんだ。
色気も素っ気もない。
「……そんな飲み方、するなよ」
「けど、眠りにつくギリギリまで、楽しく飲みたくない?」
「ないよ。それに、酒の入った一升瓶を横にするのは、普通に考えて無理だろ……」
不思議と、ヨコシマな考えを起こした自分を悔いたりはしなかった。
こういう本郷さんが好きなんだと、笑いがこみあげてくるだけだ。
「そうか。力石にも無理か」
「……考えてみる」
「よし。そうこなくちゃ、な」
酔っ払った本郷さんと話すのは、本当に楽しい。
遠慮なく、色々突っ込める。
俺は、すごくいい方向で、本郷さんを気に入っている。
「さあ、力石。布団、敷くぞ」
「片付けは?」
「明日」
「……このままにしとくのか? こたつの側に、布団敷くんだろ?」
「むむう……」
「台所、借りるよ」
片付けは、俺がやらせてもらった。
皿やコップを洗っている間に、本郷さんが布団を敷いている姿が見えた。
ちゃんと、こたつにくっつけて敷いている。
「……本郷さんに、風邪は、ひかせない……」
俺もしっかり酔っている。
けれど、それだけは、忘れないようにしようと思った。